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では、田辺哲学における�犢坩扠瓩箸靴討痢崟簑侈機廚箸浪燭�。このことも長年、わたしの哲学的関心事として残されていた。
田辺元は、『懺悔道としての哲学』において�狹�学ならざる哲学�瓩箸靴騰犧盡仔察�Matanoetik)�瓩箸いΤ鞠阿鰺僂い討�る。そしてその�獰魏�道�瓩海修�親鸞の他力の哲学だという。
わたしは、もう一度田辺哲学とは何かということについて、考え直してみようと、藤田正勝編集の岩波文庫「田辺元哲学選1〜4」を文教堂書店淀屋橋店で注文した。それとともに中沢新一著『フィロソフィア・ヤポニカ』(講談社学術文庫)も注文しておいた。
中沢新一著『フィロソフィア・ヤポニカ』は優れた田辺哲学の解説書であるが、もはや絶版となっていた。その『フィロソフィア・ヤポニカ』を文教堂書店函館昭和店に一冊在庫があったので淀屋橋店に他店より取寄せてもらうことにした。
田辺哲学の研究書は、西田哲学の研究書に比べれば、本当に少なく微々たる冊数である。
かつて恩師・原野栄二先生は、田辺哲学を西田哲学の�猜箚悪瓩世噺譴辰討�られたが、西田哲学を離れたところで(もちろん西田哲学なしには田辺哲学は存在しないのであるが)田辺哲学そのものを評価してみたいとも思えている。
とくに田辺元には親鸞の『教行信証』を解釈した『懺悔道としての哲学』もある。田辺元の『懺悔道としての哲学』はもう一度読んで何かをエッセイに書いてみたいと思っている。
そんな思いからもう一度、田辺哲学とは何なのか、いかなる哲学だったかを考えてみたいと思っている。
こういう意味から田辺元著/藤田正勝編集の岩波文庫「田辺元哲学選1〜4」と中沢新一著『フィロソフィア・ヤポニカ』とを買っておこうと思ったのである。
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