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2019年08月09日23:31

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あぁ〜台湾…

毎週の土曜日、民放局の番組「朝だ ! 生です 旅サラダ」を楽しみにしている私である。
08/03(土)に放送の「海外の旅」では、台湾の台北市とそのお隣の桃園市の穴場を紹介する内容だったのだが、その映像にこの私は釘付け状態…。
あぁ〜、台湾かぁ〜。
それはもう私の頭脳の前頭葉を刺激しまくる、どうにもならないくらいの懐かしさを誘う映像の数々…。
仕事で長期滞在を繰り返した桃園市の中壢区…。
そんな中壢でのあれこれを次々と思い出す。
そう、そうっ! 
中壢と言ったらば、忘れられないお店があるのだよ。
もう本当に大好きなお店だった。
本当の屋号は「好客水餃店」なのに何故か我々は「電柱の店」と呼び、何度も何度も足を運んだもんだ。
穏やかで心優しいご夫婦が営む小さな飲食店は、何を頼んでも、どれを食っても美味い! 
しかも「え〜〜〜っ !?」なくらい安い! 
安い、美味い、更には心も和まさられるという三拍子揃った「電柱の店」がもう大好きだった。
綺麗なお店とは言い難いし、十人ちょっとで満席という狭さに加え、Menu 以外の日本語はほとんど通じない。
けれども、ご主人と女将さんの優しさが嬉しかった。
日本からやって来た言葉も通じないこの私であろうとも、本当に気持ち良く接してくれたのだよ。
あぁ〜〜〜。
懐かしいよなぁ〜。
番組を観終えると、すぐさま PC に齧り付いて Google Map の Street View で現在の中壢の様子を Check しまくる私なのであった。
 

フォト

その Google Map の Street View にて…。
おぉ! 
定宿だった Hotel の「中壢中信大飯店」を早速に見つけたぞ。
見つけたのだが、あれれ…? 
随分と廃墟感のようなものを醸し出しているような…? 
あっ !? 
SOGO が無くなっている! 
ん〜、そうか、そうか。
SOGO 百貨店は中壢にもう一店舗あったけれど、そちらに集約されちゃったのか。
この地上32階建ての Building の5階までが SOGO 百貨店で、Hotel は20階の辺りが Front Floor 、客室は21階以上からだったように記憶している。
Hotel の屋号も変わったようだ。
以前は中壢中信大飯店(ツォンリー・ツォンシン・ダーファンディエン)だったけれど、’15/01/01 から中壢米堤大飯店(ツォンリー・ミーディー・ダーファンディエン)へと変わったんだそうな。
 

フォト

かつては SOGO 百貨店も有った頃の様子。
南側の正面が SOGO への出入口で、Hotel へは西側(写真では左端)から入って専用の Elevator で Front Floor へという造りだった。
客先から Hotel へ戻る際、Taxi の運ちゃんにツォンリー・ツォンシン(中壢中信)と告げれば、間違いなくここまで乗せてってくれたのも懐かしいぞよ。
 

フォト

Street View で現在の Hotel 周辺を見てみる。
Hotel からすぐ西の交差点なのだが…。
ん…? 
あらら…? 
片側2車線だった広い道路が妙に狭くなっているではないか。
あっ !? 
しかも、あれが無いぞ! 
 

フォト

かつては写真の辺りにあった筈の怪しい店が1軒も無いぞ…? 
あの怪しい〜雰囲気ムンムンだったお店を撤去したらば、今は市民の憩いの場かのような真逆の雰囲気ではないか。
 

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そう! 
かつては、こんなようなお店が3軒も横並びで存在していたのだよ。
この店をぶっ潰しただけでは済まず、道路の車線を減らしてまで公園のように整備する理由って、いったい何だべさ…? 
 

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Map でも道路の車線が半分に減らされているのが確認できる。
ん〜、不思議だ。
いったい何が目的なんだぁ〜? 
 

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さて、私が長期滞在を繰り返した中壢という地方都市は、臺北市(台北市)から西南西に 40km ほどのところにある。
以前は桃園縣中壢市(桃園県中壢市)だったけれど、現在は桃園市中壢區(桃園市中壢区)に変わったようだ。
台北にはふたつの空港があり、それを東京に例えると…
 東京羽田(旧国際空港)が臺北松山機場(台北松山空港)
 東京成田(新国際空港)が臺北桃園機場(台北桃園空港) 
…という格好だ。
東京の成田、上海の浦東、Seoul の仁川、そしてこの台湾の桃園といった新しい巨大な空港は、その都市から遠く離れているが故に、空港への移動時間も難点だったりするが共通点。
で、驚いたのが新しい鉄道の存在だ! 
首都の台北から始まる桃園機場捷運という新しい鉄道が ’17年に桃園国際空港まで開業し、現在は桃園市の中壢区まで延伸したとのこと。
A1 臺北車站(A1 台湾駅)は、台湾鉄道の拠点である臺北車站(台湾駅)に隣接。
桃園国際空港に直結する A12 機場第一航廈站(A12 空港第1ターミナル駅)と A13 機場第二航廈站(A13 空港第2ターミナル駅)から延伸された路線も凄い! 
台湾版新幹線の台湾高速鐵路と接続する A18 高鐵桃園站(A18 高速鉄道桃園駅)を経由し、なんと私が慣れ親しんだ中壢の街にまで延伸しているというのだ。
 

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その新しい鉄道、現在は桃園市中壢区の A21 環北站(A21 環北駅)まで開通している。
イイね、イイねぇ〜。
いつもの Hotel からは 1km ちょっと、歩いて20分も掛からない距離じゃん! 
…と喜んでいたらば「まだ延伸工事中」なんだとさ。
なんと次の停車駅は、いつもの Hotel のすぐ横という A22 老街溪站(A22 老街渓駅)が ’22年に開業の予定。
更には在来線の中壢駅での終点を目指し、A23 中壢車站(A23 中壢駅)が ’26年に開業の予定なんだそうな。
桃園国際空港といつもの Hotel が鉄道で直結 !? 
しかも、台湾版新幹線の桃園駅とも Link して、Goal はあの台北駅と来た !! 
おぉ〜〜〜!
イイね、イイねぇ〜。
もう「乗り鉄」派の私にしてみれば最高の環境が整っちゃうじゃん…? 
台湾でも「乗り鉄」の旅で穴場を巡り、あちらの美味しいあれこれも食いまくり…。
くぅ〜〜〜っ! 
もう考えただけで前頭葉は刺激されまくりだぞ、おいっ… !? 
 

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そうか、そうか、そうだったのか。
ここに新しい駅も建設されるから「工事中」だったのかぁ〜。
ん〜、激しく納得! 
 

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いつもの Hotel のすぐ横に新しい駅が開業したらば…? 
もう早速に、この Hotel を拠点に台湾を遊び尽くす旅に出掛けたいね。
 
もちろん、慣れ親しんだ中壢の街もぶらぶらと…。
日本の居酒屋そのものだった「歌麿」は稀にしか足を運ばなかったけれど、Google Map によると今も健在のようである。
そして、今も健在の豚勝皆川(とんかつ皆川)も懐かしいこと…。
ここのママさんもイイ人だったよ。
日本で言う「生ビール」がママさんの方針でここには無いという理由には感銘したよなぁ〜。
台湾の生ビールは容器(Tank)の衛生面が不透明だから、そんなのお客さんには出せない。
…と言うのである。
利益よりも安全が優先というママさんがこりゃまた素晴らしかった。
だから、Beer は瓶の奴だけ。
そしてここが台湾であろうとも、そのトンカツは日本人の私も納得の美味さ。
そうそう、あの当時はママさんの娘さんがまだ中学生だったよ。
で、学校から帰るとすぐにセーラー服のまんまでお店のお手伝いに…。
セーラー服の女子中学生が Beer を注いでくれるという、日本だったら間違いなく「アカン」お店の雰囲気も楽しめちゃった…? 
いやぁ〜、懐かしいねぇ〜。
 
そして、なんと言っても「電柱の店」だよ。
ところが、あらら…? 
あの「電柱の店」を懐かしむこの私をあざ笑うかのように Google Map では異なる名称の屋号が表示されていたではないか。
ん〜〜〜。
ならば Street View で現在の様子を見てみようぞ。
 

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あら…? 
えっ… !? 
えぇ〜〜〜? 
電柱だけじゃん…? 
 

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うわっ… !? 
あの電柱が剥き出しになっている !? 
 
もう、がっくし…。
残念無念でハレホレヒレホレ…。
ん〜。
でもなぁ〜。
あれからもう15年だもん。
私よりおそらく一回り上のご年齢と思われるご夫婦とあらば、今はもう65歳前後か…? 
Happy Retire で既にお店を畳んでいたとしても不思議ではない…。
でもなぁ〜。
あの「電柱の店」が有ったからこそを思い出すと、やっぱり残念で仕方が無い私である。
もうどれだけ、あの店で私は勇気づけられたことか…? 
現地での日々の仕事は猛烈に大変だった。
けれども、あのご夫婦の優しさに癒やされたお蔭で「次の日も頑張れた」が何度あったことか…。
 

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在りし日の「電柱の店」の写真。
看板の日本語表記が泣かせてくれるぜ。
 

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前述のとおりで、本当の屋号は「好客水餃店」である。
それが何で「電柱の店」なのかと言うと、なんと店内に電柱が存在していたのだよ。
それに驚いた同僚が、以降このお店を「電柱の店」と呼ぶようになった。
それが我々の間で浸透して「今日も電柱の店に行くぅ〜?」という会話が成立するようになったからだった。
店内に電柱? 
正確には、電柱もある歩道にまで「店を拡張しちゃった」という、日本では考えられない、けれども台湾では当たり前(?)なそれだったりする。
 

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海老の出汁、海老の旨味がビンビンで、日本の「うどん」にも良く似たこの拉麺。
優しいんだけれど力強い味わいがもう、最高ぉ〜っ! 
そして海老と野菜を玉子で絡めた炒めもの。
これをつまみながら流し込む Beer がもう「くぅ〜〜〜っ!」だったわさ。
時間があれば、こうしてお店でゆっくりと頂くのだけれど…。
帰りが猛烈に遅かった日は、いつも Take a way にしてもらったもんだよ。
出来上がりまでの待ち時間も、あの優しい女将さんが色々と気遣ってくれてねぇ〜。
本当に、足を運ぶだけでも癒やされ、和まされる、そんな飲食店がこの「電柱の店」だった。
 

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このご夫婦に私はどれだけ助けられたことか…。
私にとって台湾での No.1 は、このご夫婦が営まれていた「電柱の店」だった。
沢山の美味しい料理を、ご馳走様でした。
沢山の優しさを、ありがとうございました。
お店が無いのは Happy Retire であって、今もご夫婦が健在でいらっしゃるを願って止まない私なのであった。
 

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いつもの Hotel 、当時はツォンリー・ツォンシン(中壢中信)だった頃の Front Floor の様子。
何度も台湾への出張していたあの頃、3〜4週間はこの Hotel でお世話になり、1週間ほど日本へ一時帰国したらば、またここへ…。
その繰り返しがしばらく続いたもんだ。
Front には日本語が話せる人も常駐してくれたから安心。
安心どころか、一時帰国からここに戻った私を「おかえりなさぁ〜い」と迎えてくれる女の子も居たのだ。
今の芸能人で例えると、元 AKB48 の篠田麻里子ちゃんにそっくり! 
そりゃ〜もう、素敵な女の子だったよ。
そんな彼女が、いつも満面の笑みで気持ち良く対応してくれたのだから嬉しい。
嬉しいどころか「今度のお休みは、あたしと一緒に台中へ行きませんか?」といった具合に、顔を合わせる度に彼女からいろいろと誘ってくれるのだ。
だが、不思議と互いの休みが合致することは一度も無く、私はいつも彼女から誘われるだけで終ってしまう…。
まぁ〜、世の中ってぇ〜のはそんなもんよ。
そんな彼女、私の表情ひとつで「あっ、また日本に戻れるぅ〜、ていう顔してるっ!」とすぐに悟られてしまうのにも驚いた。
 私:えっ…? 何でわかるの?
 彼女:だって、今までず〜っとあなたを見てましたから、そのくらいわかりますよ。 
…なんだそうな。
で、一時帰国からまたここへ戻れば、満面の笑みで「おかえりなさぁ〜い」なんぞを繰り返していたのが、この Front だった。
そして遂に台湾の客先での仕事が完結し、この中壢という街とも「さらば…」する前日のこと。
その客先から Hotel に戻った私を Front で迎えた彼女は、すかさず「あっ、また日本に戻れるぅ〜、ていう顔してるっ!」と来た。
そこで私は、台湾での仕事の完結、そして長きにわたりこの Hotel で色々とお世話になったことへの感謝とお礼申し上げたのだ。
素敵な笑顔で色々と声を掛けてくれた彼女には、本当に「今まで、ありがとうございました」だった。
すると…? 
彼女は突然、大きく円な瞳に涙を貯めた。
そして唇は震え始め、いつもは流暢な日本語が満足に話せない状態に…。
自分の思いを日本語で口に出来ないとなると、彼女は早口な英語で、しかも泣き叫ぶように話し出したのだ。
もう、大泣き…。
号泣での Machine Gun Talk で、もう何を喋っているのかも判らない状態のなか、たったひと言だけは聞き取れた。
それはなんと、私に対し “Fall in Love” だったんだと…。
おい、おいっ…? 
Kiss どころか、手を握ったことすらも無かった彼女に、Front で大泣きされてしまったからさぁ〜困った。
結局は他の Staff が彼女を抱きかかえるようにして Staff 控室へ…。
彼女とは、これが最後になってしまった。
まさかのまさか、突然の大泣き。
しかも、篠田麻里子ちゃんにそっくりな女の子から “Fall in Love” だったなんて泣き叫ばれてごらんなさいよ…。
まるで私が「不埒に彼女の恋心を弄んでいた」かのような誤解を招いてしまいそうで、もう、どうしたらイイのやら…? 
これ以降、彼女と顔を会わる機会には恵まれず…。
あぁ〜。
そんな彼女へ「突然に泣かせちゃって、ごめんなさい」のひと言すら伝えられなかったのが、今も心残りの私である。
 
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いつもの Hotel での Bed Room は、こんな感じ…。
何故か、横幅は 1.5m という Queen Size の Bed Room を毎度毎度でこの私に用意してくれたよ。
ん〜〜〜。
こんな Queen Size の Bed とあらば…? 
飲み屋(日本人向けスナック)のお姉ちゃんを2〜3人「お持ち帰り」してもじぇ〜んじぇん OK な Bed だべ…? 
…ということで、その「お持ち帰り」に励む同僚も少なくなかった、らしい。
だが不思議と、私はそういう機会に恵まれなかった。
いや、日々が忙し過ぎてそれどころじゃ〜無かった、と紳士ぶっておこう。
一方、同僚たちは「お持ち帰り」に日夜 Full Power で頑張っていたらしいのだが…? 
後に聞いた話なのだが、篠田麻里子ちゃんにそっくりだった彼女もそれを知っていたんだそうな。
どいつもこいつも、バレないようにコソコソと女の子を自分の部屋へお持ち帰りに「成功!」と思っていたらしいのだが…? 
その一部始終はだよ、Elevator はもちろん、どの廊下であろうとも防犯 Camera からの映像で Front Staff の控室ではその全てが Monitoring されていたのだ。
まぁ〜防犯の都合上、それは当然と言えば当然のこと。
でだ…? 
そういう事(お持ち帰り)をしない日本人を久しぶりに見た! 
…というのも有ったらしく、彼女は日に日に私への興味を膨らませたんだと聞かされた。
でも私が「妻子持ち」である事は彼女も知っている。
にも拘らず…? 
そこが台湾の女性の大胆さと言うか、日本とは違う価値観とでも言うのか…? 
ん〜〜〜。
今になって思うと、私もこの部屋に女の子を「お持ち帰り」した様子をバッチリ Monitoring されていれば…? 
彼女は私に興味を抱く事も無く、あのように号泣されちゃう修羅場も無かったのかなぁ〜と…? 
ん〜〜〜。
その思いは複雑である。
 

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Living Chair の小さな Table には、日替わりの Well Come Fruit も備わる。
 

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うわっ… !? 
これも懐かしいねぇ〜。
あの当時の Note PC は、Apple の Power Book G4 と IBM の Think Pad という2台体制だったよ。
しかも…? 
この PB-G4 の壁紙ったらば…? 
この私が監督を務めた “Team 9610 with B’WISE” が、あの「もて耐」(もてぎ7時間耐久 Road Race)に参戦した HONDA CBR900RR ではないか。
 

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19:00 までに Hotel へ戻れたならば「今日は早かったよなぁ〜」だった。
けれども、我々の責任でも無いのに Hotel に戻れたのは 22:00 過ぎ…、というのも日常茶飯事だったよ。
そんな日は、あの「電柱の店」からの Take a way である。
写真はいつぞやの Take a way だった、それ…。
で、このどれもが本当に美味いんだってばっ…! 
これらをつまんでは Beer で流し込みながら、日本へ業務報告の Mail を打つ。
どんなに仕事が忙しかったであろうとも…? 
あの「電柱の店」から Take a way した料理のどれもが、作ってくれた人からの温もりでこの私を癒やしてくれるのだよ…。
ん〜〜〜。
やっぱりね、あの「電柱の店」こそ、この私にとって「台湾で No.1 のお店!」だった。
断トツの No.1 だよ。
だから感謝、とにかく感謝! 
この私にとって生涯「忘れられないお店」のひとつであろうよ、きっと…。
 

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地上25階、Hotel の部屋からの眺め。
この日は台風が接近中とあって、仕事はお休み。
そう、そう! 
台湾は、台風が接近すると学校も企業も全て「お休み」という習慣なのであった。
 

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当時、この Hotel には Business Center という部屋もあり、我々は無料でそこも利用できた。
隣の部屋に、大陸(中国)からの無秩序に煩い連中が来ちゃった際は、迷わずここへ逃げ込んだもんだ。
自由に使える据え付け PC に、使いたい放題の Printer やら何やらも…。
何がなんでも今夜中に…、な仕事をここで済ませるのも一手だったぁ〜ね。
 

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こちらは VIP Lounge で、ここも無料で利用できたのも嬉しかったぁ〜ね。
 
そう、そう! 
写真は撮り忘れたけれど、この Hotel の Restaurant がこりゃまた良かった。
その猛烈な吹き抜けによる「天井なし…?」な構造にもびっくり! 
Buffet Style の朝食も含まれる Plan での連泊なのだが、この朝食の充実した Menu も素晴らしかった。
Business はもちろん、観光目的でも「お薦め」したい Hotel だったよ。
 

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前述のとおり、当時の「中壢中信大飯店」という Hotel の下には SOGO 百貨店があった。
で、若者が大勢に集まった熱気ムンムンなこれは、さて…? 
 
Stage に Mike を持って立つのはご当地の Idol 歌手。
台湾では、大きな百貨店の前での Promotion が結構に High Status なんだとか…? 
 

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うわっ… !? 
どうよ、この集まりは…? 
若い女の子からの黄色い歓声がもう、凄いのなんの…。
華やかだったぁ〜ね。
 

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いつもの Hotel から南側の Area へ…。
この中壢という街の中心的な繁華街と比べたらば、ここら辺りは静かなところだ。
けれども、色々な商店がどこまでも並び、色とりどりの看板がひしめき合うという、この眺め…。
あぁ〜。
なんだか、懐かしい。
そう! 
私が幼かった頃の昭和40年代、小さな繁華街でも活気に満ちていた「あの眺め」に再会したかのような、この懐かしさ…。
幼き頃の眺めを彷彿してくれる、こういう眺めこそ私にとっての「前頭葉を刺激 Zone!」なのだよ。
 

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もうどうよ、これ…? 
イイね、イイねぇ〜。
ご同輩に問う。
この「ごちゃごちゃ…」しちゃった感じが、もう形容しがたい程に「たまんねぇ〜」だろ…? 
 

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写真は Street View からのもの。
いつもの Hotel の西側を流れる老街溪(老街渓)という川に掛かる橋の辺りの現在の眺め。
ん〜、残念だ。
ここも現在は残念な眺めだったりする。
かつてのこの辺りと言えば…? 
あの「電柱の店」よりも(強烈に)非合法なお店が有ったのに…? 
 

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その「かつてはここに有ったお店」が、これだ! 
もうどうよ、これ…? 
店の前の歩道は完全に占拠という、日本だったら間違いなく警察沙汰な店構えがとにかく凄い。
歩道なのだから、当然に多くの歩行者がここを往来する。
この私もその一人である。
なんだけれども…? 
あのねぇ〜、もう「我慢が出来ない」くらいの美味しそうな匂いが立ち込めているのよ、この歩道のここだけは…。
で「ちょっと寄ってく…?」になっちゃう。
それはもう卑劣にして大胆不敵な集客 System 、だろ…? 
でもって、安くて美味しい。
誰もがみんな笑顔で食事を楽しんでいる。
あぁ〜、この「おおらかさ」が悔しい程に素敵に思うのだよ。
庶民の活気が、今の日本とは大違い! 
少々の出鱈目も OK だった、昭和40年代の日本のような「庶民の活気」が今もここにある。
だから、私は台湾が好きなのかも知れない。
 
あぁ〜。
思い出す程に「台湾に行きたい!」思いが増幅されちゃったぞ。
いつもの Hotel の横にまで鉄道がやって来る ’22年が Target だな! 
ならば、旅行資金も貯えなくちゃ…。
 
よしっ! 
これからも大いに働き、大いに遊ぼうぞ!
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