持明院統(北朝)と大覚寺統(南朝)の二つの皇統が争った、いわゆる南北朝の末期。北朝は軍事力で圧倒していたものの、皇位の象徴である三種の神器は南朝が所持していたため、争いを終わらせるための大義名分に欠けていた。
そこで北朝の指導者の足利義満は、ひとまず持明院統が統治して、次は大覚寺統に皇位を譲るといったように、両統が交互に皇位を継いでいくという条件を提示して 南朝と和睦。南北朝時代を終わらせた
…のだけれども、南朝から三種の神器を受け取ると 義満はもう用は済んだとばかりに約束を反故。結局、大覚寺統への一度も継承は行われず、ついに持明院統のままだったというオチ。
スーダン、軍人と民間人が交互に統治する国家評議会設立で合意
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=52&from=diary&id=5693443
別のソースによると、最初は軍部の統治からスタートするらしい。さて本当に民間人に統治権は引き渡されるのだろうかと。
ログインしてコメントを確認・投稿する