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2019年04月24日13:54

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安倍晋三の強制不妊に対する�猗疹覆箸�わび�瓩箸いΑ崋鸛蠅涼模叩廚�ら見えてきたこと

■強制不妊救済法が成立、旧法から71年でようやく
(朝日新聞デジタル - 04月24日 11:09)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5594443

強制不妊救済法の成立を受け、安倍晋三が「政府としても、旧優生保護法を執行していた立場から、真摯(しんし)に反省し、心から深くおわび申し上げます」との�犲鸛蠅涼模鱈瓩鮟駝未波�表した。しかし�犲鸛蠅涼模鱈瓩蓮↓犲鸛蠱模鱈瓩搬腓�く異なる。�犲鸛蠱模鱈瓩�閣議決定を必要とする�狎�府見解�瓩任△襪里紡个靴董↓犲鸛蠅涼模鱈瓩砲漏婬跳萃蠅良�要もなく、したがって�狎�府見解�瓩任呂覆�、安倍晋三�犖朕佑慮�解�瓩任靴�ないのだ。

旧優生保護法は、安倍内閣が制定した法律ではない。しかし日本国が制定し施行してきた法律である。その意味から安倍晋三�犖朕佑慮�解�瓩任呂覆�、�狷�本国政府としての見解�瓩箸靴撞賤ダ己欷酲,箸いλ[Г鮴�定した�爛淵船后Ε疋ぅ津�な非人権的法律�瓩鮴�定したことにどのように考えているのか、その見解を日本国民に明らかにする必要かがある。

強制不妊手術を受けされられた障害者といわれる人たちは、�狷�本国政府としての反省と謝罪�瓩砲茲辰討里漾△修劉狄佑箸靴討梁左靴般祥性瓩�回復されるのである。日本国政府はそのことにもっと真摯に向かい合う必要がある。

実は、わたしにもこの旧優生保護法に関して思い出したくもない思い出がある。それは、学生時代、わたしの母親が重度身体障害者の�猗鯒ゼ蟒儉瓠�特に女性に対して、
「毎月の生理はとても苦痛なのよ。だからその苦痛から解き放してあげるための子宮摘出手術はとてもいいことだと思う」
という発言を聞いて、寒気を感じたことがある。
�爐△鵑燭梁�子は障害者なんだ。なのになんでそういう話をするんだ・��
と、わたしは�犖世い茲Δ里覆じ鋲抜境瓩鵬廚泙譴燭海箸魍个┐討い襦�

しかし今考えると、もしも旧優生保護法がなければ、母もそのような発言はしなかったのではないかと思えるのだ。

人が孤独感に苛まれるのは�爐劼箸雖瓩世�らではない。人が孤独感に苛まれるのは、他者との関係において、集団や社会のなかにおいてなのだ。�爐匹Δ靴銅�分だけ�瓩噺鋲抜兇鵬廚泙譴襪里廊犲�分とは異なる価値観を持つ他者との関係性�瓩砲�いてなのである。

わたしは、母のあの言葉を聞いたとき、母が自分とは異なる�犒鮠鐚圓箸い錣譴訛Δ亮圻瓩世箸いΔ海箸鮹里辰討靴泙辰慎い�する。母は自分とは違う。あの時に感じた�犖鋲抜境瓩妨世い茲Δ里覆と瓩靴澆魎兇犬燭海箸魍个┐討い襦�

わたしは、旧優生保護法による強制避妊手術は受けずに済んだ。それはまさしく�爐燭泙燭泙修Δ覆辰伸瓩箸いΔ世韻里海箸任△辰董�決してわたしの親や周囲の人の障害者に対する問題意識の高さによるものではない。

強制避妊手術を受けずに済んだわたしでさえ、あのような�犖鋲抜兇鵬廚泙譴燭海海蹐猟砲澂瓩魎兇犬燭里澄�実際に手術を受けた人たちの�爐海海蹐猟砲澂甅猗瓩靴澂甅狹椶雖甅狒�しみ�瓩修靴騰犧┐澂瓩和�り切れないものがあるであろう。

旧優生保護法は1948年に制定された。その旧優生保護法は、ナチス・ドイツの「断種法」をもとに制定された優生思想法律である。わたしが信じられないと思うのが、旧優生保護法が制定されたのは戦前ではなく、戦後であり、しかも一年前に『日本国憲法』が施行された直後であったということだ。戦前の軍国主義から解放され、国民一人ひとりが�犂靄榲�人権�瓩鰺�し、この国の主権者として民主主義の意義を謳歌していたときである。ある意味で、沖縄と障害者はその『日本国憲法』の適用を除外されてきたことになる。わたしは、旧優生保護法が戦後制定された法律であったことに、この国の底流に流れている優生思想という問題に直面する思いがするのである。「ナチス・ドイツ的な優生思想」は決してこの日本国では�牴甬遒琉篁梱瓩箸覆辰討い覆い塙佑┐襪里任△襦�

「障害者は生きる価値がない」と元施設職員が19人もの重度障害者を殺害した相模原障害者殺傷テロ事件、性的少数者を「生産性がない」という自民党祝儀議員・杉田水脈など、優生思想をうかがわせる風潮は今も根強いからである。

日本という国家は過去にいくつかの過ちを犯してきたのだ。「南京大虐殺事件」「従軍慰安婦問題」そして「アジア・太平洋十五年戦争」など、この国は過去に過ちを犯してきたのだ。しかし今、その過ちを認めようとはせずに、反対にそのようなこの国の過去の過ちを述べることはすべてウソだという風潮が強まっている。と同時に、そのことによって中国や韓国といった隣国を貶めるような発言をする政治家や文化人が声高らかにこの国のすばらしさを誇るようになってきた。

自分の国のすばらしさを声高らかに誇ることほど、わたしには自分の国を辱めていることはないと強く思うのだ。それは、自分で自分のすばらしさを超えたら科に自慢していることと何ら変わりはないからなのだ。日本人の美徳とされた�狠僂諒顕臭瓩鬚錣燭靴脇�本人として心身に叩き込まれてきた。だからそこ、自国のすばらしさは他国によって褒められ賛美されることであって、決して自分から、つまり日本人自身から声高らかに発言すべきではないと考えている。

わたしは、今回の安倍晋三の強制不妊に対する�猗疹覆箸�わび�瓩箸い�書面での「首相の談話」にあるこの国としての�狆祿下圓箸い錣譴訖佑燭舛凌邑△簑左鍬瓩箸いΔ發里�如何に軽く見られているのかということを表しているように思えてならない。そんな日本国で障害者素パーツの祭典パラリンピックが開催されようとしている。一体この日本という国家はどこまで障害者といわれる人たちを�犖�世物�瓩砲垢譴亠い�済むのかと怒りさえ感じるのである。

そしてこの国は過ちを犯さないと頑なに思い込んでいるように思われてならないのだ。しかしその思い込みがこの国を貶めているように思われてならないのだ。
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