mixiユーザー(id:157948)

2019年04月03日15:14

534 view

メモ:『けものフレンズ2』のコンセプトは「『暖かく優しい世界』は、幻想であり欺瞞」

省略しつつ要点をメモしますね。
http://blog.livedoor.jp/fukukan2009/archives/52306934.html から。

◆
2019年04月02日04:13

『けものフレンズ2』感想
『けものフレンズ2』の最終話を視聴したので、全体感想を。
私の本作に対する視聴スタンスについては6話までの中間感想も参照頂きたい。

(略)

簡単に書けばこうだ。
本作の評価が低い理由は非常によく理解できるし、納得もする。
それでも、私は前作の「暖かく優しい世界」よりも本作の「冷たく孤独な世界」が好みなのだ。
100人中99人が本作を評価しないとしても、また、本作の試みが到底成功したとは言えないとしても、私は本作の挑戦に一定の評価を与えたい。

以下、続きで。
中間感想の時と同様に、前作のファン及び本作を観て不愉快になった人は読み進めないことを強く勧める。
まず、本作の評価が著しく低い理由は、大きく分けて3つあると考えている。

�〜虻遒離�ャラクターを徹底的に破壊したこと
�▲吋皀里�「フレンズ」であるという前提を破壊したこと
��純粋に脚本と演出の完成度が高いとは言えないこと

(略)

そうして、本作は「前作が好きだったファンに対しては前作の徹底的な否定によって」「前作に特に思入れのないファンに対しても脚本の不愉快さと完成度の低さによって」、いずれも低く評価されるに至った。
普通は前作が好きでなかった人は本作をわざわざ観ることはないから、残った大部分の前作ファンと一部の新規ファンに嫌われれば、評価が見るも無残なことになるのは当然の帰結だ。
そのことを、私は十分に理解して納得している。


そして、だからこそ、数少ない「前作が好きではなかった」本作の視聴者である私がここに感想を書く意義がある。
前作とはどうしようもなく相性が悪かった私は、本作に前作とは別の確固たる意志を感じたのだ。
その意志こそが、私が本作を評価する唯一にして最大のポイントである。

『前作の「暖かく優しい世界」は、幻想であり欺瞞だ。』
『ヒトに管理されるケモノには、ヒトの想いは分からない。』
『真の肯定は、ヒトならざる他者からではなく自己によってのみ与えられる。』

本作のキュルルは、フレンズを管理するヒトとしての立ち位置を、誰にも与えられることなく、自らの在り方として確立した。前作の「かばんちゃん」がフレンズに支えられて、フレンズと並び立つヒトとしての存在を確立したのとは実に対照的に。

前作ラストではフレンズが「かばんちゃん」のために駆け付けたが、本作ラストではキュルルがフレンズのためにビーストを連れてきて戦わせる。キュルルは自分で工夫するのではなく、自分の代わりに戦ってくれるケモノを連れてくる。キュルルはそれを「仲間」と呼ぶが、それは対等な「友達」ではなく、ポケモン的な使役の対象としての「仲間」だ(最終話で言われた通りの「ヒトの手下」)。
キュルルの世界は、前作の「かばんちゃん」の世界と比較すると、ずっと孤独で、ずっと冷たい。周りにいるフレンズは結局のところヒトに管理されるケモノに過ぎず、役割としてのヒト(管理者)が求められてはいても、キュルルが求められているわけではない。最終回でサーバルとカラカル以外のフレンズが心配していたのは、主にサーバルとカラカルであってキュルルではない。(そう改変されたことの是非はさておき)「かばん」もまた、キュルルを保護すべきヒトとして取り扱うだけで、手を差し伸べたりはしない。

そうして、キュルルはフレンズに囲まれながらも本質的にはたった一人でパークに放り出され、意識的に無意識的にせよケモノを管理するヒトの業に触れ、ついには自らがパークの危機の元凶であるとさえ知る中で、その果てに自らの居場所を確立する。フレンズはもとより、野生動物たるビーストさえも自らの道具として使役して使い捨てる、究極の管理者としての立ち位置を。

そこでは、他のフレンズの誰もキュルルの存在を肯定しない。
本作としては残念なことに、そして現実的には当然のこととして、最終話ラストの会話でさえ、ケモノであるサーバルとカラカルはヒトであるキュルルの想いを理解して受け取れはしないのだ。精々一緒に遊ぶ程度で、ヒトが自らの想いを勝手にケモノに投影するだけの、一方通行のコミュニケーション。
ケモノはあくまでケモノであって、「友達」にはなり得ない。ヒトにできるのは、ただ、ケモノを鏡として自らの内面と向き合い、ヒトとしての在り方を獲得していくことだけだ。

前作が「他者による絶対肯定の物語」であったとすれば、本作はその対極にある「孤独と自己肯定の物語」。本作は、ヒトとケモノ、管理する側と管理される側、という題材を通して、永遠に交わらない隔絶したコミュニケーション、ケモノとは異なるヒトの業を逆説的に描き出した。
本作では、ケモノがヒトと「友達」になる=『けものフレンズ』という、前作の「優しい世界」という名の奇跡は起こらない。
前作が暖かい奇跡だったからこそ、その反動として本作の冷たい現実が際立つ。『けものフレンズ2』という作品タイトルからは到底想像もできないようなその冷たさが私にはとても印象的で、ヒトなどこんなものだ、とでもいうかのような諦観と絶望が少しだけ心地よかった。


本作は、言うまでもなく前作の続編として商業的にも、作品的にも大失敗だろう。
前作のみならず『けものフレンズ』というシリーズコンセプトさえ徹底的に破壊し尽くした本作は、どう考えても公式の続編として作られるべき作品ではなかったのだと思う。作品自体のクオリティとしても高いとは言えないし、作品を通じて描きたかったことも十分に描かれたとは到底言えない。

けれど時として、出来の良い商業作品よりも、客観的な出来は今一つでも、たった一つのコンセプトが心に残る作品がある(余談だが、私が好むフリーゲームの世界でも、稀にそうした作品に出会えることがある)。
本作は私に、そんな異端の同人作品に似た印象を残した。

『けものフレンズ』という暖かい奇跡を否定するというただその一点だけのために、その他の全てを犠牲にした異例中の異例の作品。
結果としては大失敗とされることが避けられないとしても、私はその挑戦は嫌いではなかったと評して、本作に対する感想を終えようと思う。

◆

(超耳)
 
冷静に穏健な意見を書けること、貴重ですよね。
でも惜しむらくはたった一つだけ欠点を持つご意見でした。
「コンセプトを誤解している」という点だけが残念です。あれっ、そこがダメなら全部ダメなんでは?

>『前作の「暖かく優しい世界」は、幻想であり欺瞞だ。』
>『ヒトに管理されるケモノには、ヒトの想いは分からない。』
>『真の肯定は、ヒトならざる他者からではなく自己によってのみ与えられる。』

このコンセプトはこの人の目の方に張り付いています。『けものフレンズ2』ではなく。
念のため、監督の木村さん、脚本のますもとさんのインタビュー記事をスクリーンショットしておきますね。(https://animeanime.jp/article/2019/02/19/43518.html から)

(ますもと氏)
>ヒトと動物の関係は、ヒトが興味を持ち、歩み寄ることで変わると思います。

まるで正反対のことを言っていますよね。
全話のシリーズ構成と脚本をなさった人の発言がこうです。

また、穏健で誠実な態度はコメント欄でも見受けられます。力量ある視聴者を選ぶ作品ならではだなあという感想を抱きます。メモします。

◆

9. あ 2019年04月03日 09:42
ある程度は納得のいく解釈なんですが
「脚本の人そこまで考えてないと思うよ」
で全て説明できてしまうんですよね

キュルルが嫌な奴なのも
フレンズと友情を育んだように見えない冷徹な展開なのも
全て制作の力量不足なだけにしか見えんのです。

ツイッターでの製作陣の自画自賛っぷりを見てると
人の業とそれを乗り越えるキュルル、というような高尚なテーマに向き合ったのではなく
1のようなほのぼの暖かい世界を描こうとしても描く能力が無かっただけ
説教くさいフウチョウコンビもそれっぽいものを見せたかっただけなんだと思います。

作中とツイートに垣間見える製作陣の意識の低さが
あらゆる考察が不毛なように感じてしまうのです。

10. mom 2019年04月03日 09:49
目的と手段がめちゃくちゃになっているのが終始目についた作品でしたね
そこだけ直せばまだ主人公チームに感情移入できると思いましたが・・・
本当に脚本や監督が原因であんな低品質なお話になったのかは
一視聴者では知る由も有りませんが残念としか言いようがないですね

11. ふ 2019年04月03日 09:51
作品がどうとかも大事やけど
製作委員会の人間が何をやらかしたかもしっかり把握してくれよな

13. 名無し 2019年04月03日 10:01
5 まず最初に貴方の見方はとても大好きです。
それを踏まえた私の2意見は
伏線大量未回収は置いておいて
本来作品として達成しなければいけない目標のひとつを完全放置してる時点で脚本家に能力はないと思います。
いくらでも「これはこう」等擁護はできるのですがいかんせんこの作品、やりたい事はまあわかるんですがあまりに構成テンポが下手くそで12話まで観て実はこれ1〜11話不必要ですしなんなら何一つ解決していないため「優しい世界の否定」ではなく「作品そのものの破損」なんですよね。

例えばただ優しい世界を否定するだけならこの様などす黒い評価群にはなりません。そこに一期を否定するように映る描写(本来はこれはメディアミックスによる世代交代の提示)さらにビーストを登場させた意味のなさが重なった結果

深く考察する方には製作陣に恨みを持ち
アニメ単体としてみる方には凡作品にみえ
動物好きなら 救済を求め
けものフレンズ単体が好きなものこそが
作品自体を否定or固定派 のように
複数の話題を生んだのかなと、

なので貴方の考察もわかるんですがこの作品自体にはほんとに脚本家はそこまで考えれなかった。
余裕がなかったが合うかなと

作画ミスが数多く見つかったり何より放送前に絵コンテ流出が発覚してる時点でかなりギリギリのラインだったのはわかるかなと

14. mushitolishonen 2019年04月03日 10:04
自身の感想と解釈を理論的に解明した文、感服いたしました。

ただ、これらの解釈が
「意図してそうしたのか」
「結果的にそうなってしまったのか」
この判断が自分の中では未だ結論が付かず、納得はしても飲み込めない状態です。
もちろん、一視聴者である自分がそのような判断を行う理由があるのかという問題がありますが。

今はまだ自分の考えだけで物語を読むにはノイズが多すぎるので、折り合いが付けられるようになったら考えてみたいと思います。いつになるかは分かりませんが…

15. 元飼い主 2019年04月03日 10:08
極めて興味深い分析でした。
簡潔にまとめられていて読みやすく素晴らしいレポートだと思います。

個人的に気になった点がケモノとヒトは分かり合えないという点
ケモノはケモノどうしで例え補食関係でも"ともだち"になる例は多いですしケモノとヒトが"ともだち"になる例も多いのではないかと。(自分個人の経験ですがかつて"家族"もいました)
そういう点で"優しい世界"は奇跡ではなくむしろ普遍であると思います。
脚本がしっかり纏まっていれば良い悲劇にはなっていたのでしょうが惜しかったですね。

16.   2019年04月03日 10:13
5 監督が意図してやったなら、
これが前作のネームバリューをもってしないと見向きもされない路傍の石のようなものであることを、少なくとも無意識下で自覚してたという事では?
その可能性が、見たいものを見せてくれたという喜びに何の影も落とさないと思いますが、
管理人の肥しの一つとして使っていただければと。

17. 2は観てないオタク 2019年04月03日 10:19
すごく良い記事で、2が観たくなりました。

18. キャバ猫 2019年04月03日 10:20
3 個人的な感想としましては
2の作中で1を出すべきでは無かったと思いますね
1の世界観が嫌でそれを上書きするために2で出したら反発を食らうのは当たり前ですし

あと商業的な観点からなのですが
冷たい世界観のコンセプトの2を見て
コラボしている動物園や舞台に行こうとは大多数が思わないな と感じました
お金払ってまでそんな寂しい世界観を得たくないからです

19. 名無し 2019年04月03日 10:22
優しいがどうとか、冷たい世界とか、人間の業とか言い出してる人もいるが、
テーマ云々以前にこれはエンターテインメント作品。
けものフレンズ2も、私体には別にダークな話でも良かったんだが、とにかく作品が見ててつまらん。

キャラクターの作りは良いが、脚本の質の低さ、構成や演出、テンポの悪さは酷い。
(尚、そのキャラクターもモーションは手抜き)
特に冗長で出来が悪いのが11話と12話。
テーマ以前に雑な作りで面白くないのが決定的だった。

可愛いキャラクター達がキャッキャウフフしてる分には面白かったが、
その面白みも、描写の必要を展開上は感じないギスギス場面で消化不良になる始末。

作品の評価としては、
"可視化された憎悪が、多くの資金を消費し公共放送でワンクール放送されてしまった稀有な事例"
といったところ。

とりあえず、ダラダラしててつまらん。

20. 更夜 2019年04月03日 10:23
5 このブログの意見に納得した。
ケモフレ2で表現されたであろう冷酷なストーリーが好きな人もいるのも理解できる。
でもだからこそ、前作のキャラを無理やり使うべきではなかったと思う。
設定はそのままで全て新キャラでやったら、別の評価もあったんだろうに…。
あまりにも犠牲が大きすぎる。視聴者に対しての信頼をこのアニメは全て消し去ってしまった。

◆

(超耳)

ネットで反対意見がぶつかるとあっというまに人格批判やストローマンが跋扈するのが常ですよね。
すごく冷静なコメントばかりで驚きました。誇張なしで、見たことがありません。
民度が高いという表現も可能かと思いますけど、そこはエメラルドの色眼鏡をかけた見方になっちゃうかもしれないので、別の表現で。
「ストローマンに頼らなくてもクリティカルヒットを放つことができる」という状況なのでストローマンにお呼びがかかることがない。そんな感じもいたします。

あっ、今リロードしたら、人格批判っぽいのも出現していました。「あんたはもうフレンズじゃない」とか。いやいや最初からフレンズじゃないじゃん。『けものフレンズ』はさほど気に入ってなかった人じゃん。わずかにこういう人も混入するものですね。

まあそれは置いておくとして、

>私は本作の挑戦に一定の評価を与えたい。

という部分。
ご自分の色眼鏡に評価がほしいという意味になってしまっている点ただひとつだけが、私は残念でした。

1 1

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年04月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    

過去の日記

2026年
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
2005年
2004年