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2019年04月03日14:22

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客観的な記事の書ける記者さんで安心しました。

 いい記事でした。しかし2.6%という数字を説明するには足りないとも感じます。
 『ドラえもん』に例えてつたないながら説明をしてみたいと思います。「ジャイアンのリサイタルがいけないのはどんな点?」

(1)歌が下手な点

でしょうか?

(2)下手なのにリサイタルを開く点

でしょうか?

(3)下手のリサイタルに強制参加させる点

でしょうか?
たしかに(1)(2)でも低評価になりますよね。でも(3)に踏み込むと憎しみの芽が生まれる度合いが高まる気がします。
でもあえて嫌いな作品を鑑賞してわざわざ低評価の数字を投票するという行動には説明が足りない気がします。

(4)下手のリサイタルを開催しておきながら自画自賛し反省がない

私はこの(4)のステップが不可欠だと思います。
悪い点から目をそらさず努力するのなら同情もできるし妥協もできます。反省なし。自画自賛多し。こういうものは嫌われるし、「自分が指摘しなくちゃ」という人をたくさん発生させますよね。

この現象が『けものフレンズ2』では繰り返し繰り返し起こっていたように見えます。一度二度じゃないのがすごいですよ。ジャイアンのことだと思えば上記の(1)〜(4)のどれも「まずいよね」「敵を増やすよね」と理解できるでしょうに、自分のことだと悪手ばかり選んでしまう。そんな人もいるんですよね。

視聴者はのび太たちのようにジャイアンの暴力に怯えることはありません。ですから「あいつまだ理解していない。君の歌は下手なんだ。反省しろ」と言いたくなる。毎週の放送があるたびに言いたくなる。ツイッターなどを通じて再三再四、実際に言っている人がいました。
詳細は省きますが、制作陣はこれを受け取らなかった。むしろ視聴者を怒りと憎しみの権化に変える装置と化してたいように見えます。たとえば「わざわざエゴサーチして批判を見つけ出し、ツイッター上で反論する。言いっぱなしで、直後に相手をブロックする」など、大人の態度とは思えないような対応ですよね。たぶん作品のクオリティを今更どうやっても上げられる状況になく、自分で自分を騙すために周囲を巻き込むタイプの暴走をしていたんじゃないかなー?
お金をもらって仕事をしているからでしょうか。作品に難があることは誰が見ても明らかなんですが、制作陣は自画自賛をしていました。ジャイアンが学校でも帰り道でも野球をしていても「俺様の歌はすばらしい」と一人でわめき続けているみたいな様相でした。あたかもマンガ・アニメの『ドラえもん』を見つづけるかぎりどうしてもジャイアンが邪魔で邪魔で仕方がない、というふうでしたね。
アニメ『けものフレンズ2』を視聴しているだけでは、その姿を見ることはなかったのですが、ネットの声をちょっとでも聞こうと思うと、全方位から制作陣への恨みと制作陣の煽るような行動が目に飛び込んできました。たぶん本日、平成31年4月3日時点でも無数に実例が確認できるんじゃないかなー?

ジャイアンがたとえ下手なままでも下手を自覚して練習する姿が見られたなら「少しくらいは我慢しようかな」と思うフレンズはそこそこいたんじゃないかなと感じます。でもそうなりませんでしたね。
ところで、『ドラえもん』ではたびたびジャイアンの歌のまずさはうっかりと口を滑らせる登場人物によって指摘されます。スネ夫やのび太が言っちゃうシーン、ありますよね。でもジャイアンは猛烈に怒るばかりで反省はない。この仕組があるので、ジャイアンのリサイタルは読者も同情せずにすみ、みんなから避けられて忌まれても「しょうがないなあ、あはは」と笑える仕組みになっています。

そんなわけで、『けものフレンズ2』の酷評は当然のことだと思えます。また、過度に攻撃されているのを見ても「しょうがないなあ、あはは」と思えます。



◆

「けもフレ2」最終話アンケート“とても良かった”2.6%の衝撃 何があったのか、1話からの振り返りと私見
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=5565726

 4月1日深夜26時5分、テレビアニメ「けものフレンズ2」(けもフレ2)の最終第12話が放送されました。しかし、放送後から批判的な声が多く寄せられる事態となっていることは、ご存じの方も多いはず。4月2日の深夜に放送されたニコニコ生放送でのアンケートは、「とても良かった」が2.6%、「良くなかった」が95.3%と、類を見ないような数字となっています。

 1期では大変な人気を誇ったアニメに、一体何が起きたのでしょうか。まずは2期第1話から、多少の私見も交えつつ視聴者の声を振り返ります。記事後半は、1期から「けもフレ」に関する記事を大量に書いてきた1ファンとして、全話追ってきた心境を述べたいと思います。

 なお、本稿は「けものフレンズ」1期と2期両方の核心に触れるネタバレがあるのでご注意ください。

●前知識編:2017年に現れた不死鳥「けものフレンズ」

 まず先に、テレビアニメ「けものフレンズ」とは何なのか、簡単にご説明いたします。

 テレビアニメ「けものフレンズ」は、メディアミックスプロジェクトである「けものフレンズプロジェクト」の1つとして作られたもの。「けものフレンズプロジェクト」は、動物が女の子の姿になった「フレンズ」たちが住むテーマパーク「ジャパリパーク」を舞台に、フレンズたちの生活や謎の敵「セルリアン」との戦いが描かれました。

 しかしこのメディアミックスプロジェクト、2017年のアニメ1期の放送開始目前にしてスマートフォンアプリ版がサービスを終了するという深刻な事態に陥ってしまいます。さらに、放送開始直後には月刊少年エースで連載されていたマンガ版も連載が終了。

 そんな逆風のなか2017年1月〜3月にアニメ1期が放送されたのですが、フレンズたちによる優しい世界とその裏に潜む不穏な空気が高く評価され大ヒットに。逆境を跳ね返したサクセスストーリーも視聴者たちを感動させ、さまざまな賞を受賞したほか、ミュージックステーションで声優たちによる歌が披露されるなど大きな話題となりました。

 その人気から早々にアニメ2期の放送も決定し、まさにプロジェクトはこれから……というタイミングで、1期最大の功労者といわれるたつき監督が突然の降板を発表。多くのアニメファンに衝撃が走ります。この問題はKADOKAWAやテレビ東京などの関係者を巻き込むほど大きな騒動となりましたが決定は覆らず、関係者による降板理由の説明もいまいち要領を得ないものが続きました。

 この1件により多くのファンたちの間でさまざまな臆測が飛び交い、今度は1期とは違った形で逆風を受けることになった「けもフレ2」。主人公が1期の「サーバルキャット」「かばんちゃん」「ラッキービースト」の2人と1体から、「サーバルキャット」「カラカル」「キュルル」の3人に変更されている点も、「1期はなかったことになるのか」と不安の声が広がりました。

 そんななかで2019年1月7日、ついにアニメ2期1話の放送日を迎えます。

●出だしは決して悪くなかった

 多くのファンが固唾をのむなかで放送された2期1話の評判は、決して悪いものではありませんでした。Twitterでも「不安だったけど新しい『けもフレ』の世界を見せてくれそう」とポジティブな意見が多く、筆者も1話の感想は「なかなか良さそう」といったところだったのを覚えています。

 続く第2話はやや強引な展開が多く評価を落としますが、第3話は再度評価を持ち直し、第4話でまた少し落とし、第5話は1期第6話に近い展開で賛否が分かれたり……と上下を繰り返していました。

 このように、中盤までは「ニコニコ生放送」でのアンケートは低調ながら、「荒れている」とまでは言えない状況が続きます。しかし、この後評価を荒れさせる出来事が起こり、最終的に現在の評価に至ってしまいます。具体的には、以下の4点。

・第6話の「かばんちゃん」が「かばんさん」になって登場

・第9話「イエイヌ」の扱い

・第12話での「アムールトラ」ビーストの扱い

・回収されなかった伏線について

●第6話の「かばんちゃん」が「かばんさん」になって登場

 前作の主人公であるかばんちゃんが初めて2期で姿を見せたのは、第5話ラストの数秒。たつき監督の不穏な流れでの降板もあり、前作で大きな活躍を見せたかばんちゃんは最後まで登場しないと思われていただけに、ファンの間では期待(と一部では不安)が広がります。また、1期では子どもだったのが明らかに成長しかばんさんというにふさわしい姿になっている点も、期待を煽りました。

 しかし、第6話でのかばんさんは、再会したサーバルのことを知っているそぶりを見せながらも2人の会話はほとんどありませんでした。また、1期最終話でともに旅に出た2人が現在は行動を別にしていることや、サーバルがかばんちゃんに関する記憶を失っていることなど1期から2期の間に何か大きな事件があったことを感じさせますが、最終話でサーバルが何かを感じたような描写はあれども明確には明かされていません。

 他にも、1期での展開を考えると違和感を覚える言動がいくつかあり、かばんちゃんが登場したにもかかわらず1期ファンからの評判は芳しくない回となってしまいました。

●第9話「イエイヌ」の扱い

 第9話では、1期から伏線が張られていたイエイヌが登場。フレンズだけになってしまったジャパリパークでヒトを探し続けていたイエイヌは、かなり強引にキュルルを自分のもとに引き込んでパートナーにしてしまいます

 しかしこのイエイヌ、やったことはほぼ誘拐ではあったものの、キュルルの危機をボロボロになりながらも身を挺して守るまさに“忠犬”ぶりを見せつけます。が、その後特にフォローされることもなく、ボロボロのままストーリーから退場してしまいました。

 この展開に、「いくら誘拐に近いことをしたとはいえかわいそうでは」といった意見が上がります。一応第10話以降でも少し登場し平穏に暮らすシーンは映るのですが、そちらも「蛇足」という意見が多数見受けられます。

●第12話「アムールトラ」ビーストの扱い

 最終第12話では、アムールトラの扱いについて疑問の声が上がります。アムールトラはフレンズではなく「ビースト」と呼ばれる凶暴な状態になっており、第1話からフレンズを含め動くものを見境なく攻撃し続けていました。しかもセルリアンより圧倒的なほどに強く、パーク中をさまよい続けるという非常に危険な存在です。

 しかし最終話では、大量に現れたセルリアン撃退の最終手段としてキュルルが戦場となっていたホテルに連れ込みます。作戦は的中しアムールトラはセルリアンを全て撃退するのですが、その後はフレンズに対して攻撃を開始。しかし、同時にホテルが崩落し始めました。

 船に乗って脱出するフレンズたちとキュルル。しかし、アムールトラは崩落するホテルの方を向いたまま動かなくなり、そのままがれきの下に埋もれてしまいました。状況的に助けることもできそうだったのですが……。安否については不明ですが、1期でフレンズの犠牲者は出なかった分ショックを受けた視聴者も多かったようです。

●回収されなかった伏線について

 「けもフレ2」では1期と同じく、いろいろな伏線が張られていました。前述のかばんちゃんとサーバルの関係を筆頭に、なぜヒトがいなくなったパークでキュルルだけがいたのか(ただしこれについてはいくつか考察あり)、なぜ施設の一部が水没しているのか、第9話で映った人工衛星のようなものはなんだったのか、なぜかばんちゃんは”ボスウォッチ”を大量に引き出しにしまっていたのか……などなど。

 しかし、その多くは、結局謎のまま終わってしまいました。1期でもいくつかの謎を残したまま終わったため同じといえば同じなのですが、2期の謎の残し方には不満を感じている視聴者が多いようです。

 他にも人によってさまざまな点で疑問の声がありますが、特に多くの人が声を上げているのは以上4点になると思われます。

●「けもフレ2」に関する私見

 ここまでは、「けもフレ2」に関する、ネット上での声をご紹介してきました。そしてここからは、2期第1話放送前から「2期最終話がどのような形で終わるにしても感想を記事にしよう」と思っていた身として、私見を述べていきたいと思います。

 現在の率直な感想を述べれば、期待に応えてくれるものではなかった……というのが正直なところです。1期で人気のあった「明るい裏に潜むジャパリパークの闇が明かされていく」感じは薄まりましたし(1期で描かれた部分なのでまたやるのもマンネリですが)、最終話のアムールトラががれきに飲み込まれていくシーンは「マジで……?」とかなり動揺しました。強い言葉は控えますが、視聴した多くの人が抱いたであろう思いを同じくしているのも事実です。否定はしません。

 しかし同時に、作品外での出来事、つまりはたつき監督の降板に端を発する「けものフレンズプロジェクト」に対する“不信感”が、筆者を含め多くの視聴者の心情的に作品の評価を大きく下げてしまったのではないかとも思います。本稿では触れませんが、「けもフレ」ではたつき監督関連の他にもさまざまな「騒動」があり、1期ファンの内心に不満がたまっていたはずです。

 このたまりにたまっていた“不信感”は「けもフレ2」の至らなかった点や、1期から作風が大きく変わった点などへ“不満”や“批判”へと姿を変え、ついには最悪の形で噴出してしまったのだと思います。そして、一度噴出した批判の声は、中立寄りだった人たちの心をも「世間的にはこれが正しい評価なんだ」と負の方向へと傾けました。

 やがてその流れはパンデミック的に感染を繰り返し、「数字」という最も分かりやすい指標として現れるニコ生のアンケートへとぶつけられます。客観的指標として表されたアンケートの数字はまた多くの人たちの心を負の方向へと導き、そしてまたアンケートにぶつけられ……やがて、「たたくのが当たり前」「擁護してはいけないもの」という、取り返しのつかない評価にまで至ってしまったのが現状であると感じます。

 もしもこれが「けものフレンズ」アニメの1期であれば、「イエイヌ」や「アムールトラ」ビーストの扱いで眉間にしわを寄せる人はいても、ここまでひどい惨状にはならなかったと思います。もしも1期が同じストーリーでも視聴者を「わーい」「たーのしー!」の精神へと誘うようなものでなければ、現在のような全方向に不幸の連鎖を巻き起こすような事態にはなっていなかったでしょう。

 多くの人に不信感を抱かせてしまったという点で、「けものフレンズプロジェクト」のかじ取りは大きな過ちを犯したと言わざるを得ません。しかし、アニメ「けもフレ2」の評価に関しては、あまりにも多くの不運の積み重ねにより、本来よりもはるかに低いものになってしまっている可能性があると思うと、やるせない気持ちになります。

 そして、「けもフレ2」を強く批判している人たちにも忘れないでいてほしいことがあります。それは、今でもなお本当に心から「けもフレ2」が好きだという人が、ちゃんと存在することです。最終話で心をえぐられた人からすると「制作陣によるサクラだろう」と思うかもしれません。しかし、私は見たのです。「けもフレ2」最終話が放送された後でも、たつき監督の今季作品である「ケムリクサ」と、「けもフレ2」両作品の愛のあるファンアートを描いているTwitterユーザーの存在を。

 ちゃんと実在しているのです。どうか、このことだけは心の片隅にでも記憶していてください。同時に、「けもフレ2」でショックを受けた人の気持ちも、とてもよく分かります。どうか多くの人が現在の負の感情からいち早く立ち直り、好きな作品へまた熱中できる日々に戻れることを祈っています。

 1期が好きな人、2期が好きな人、両方が好きな人。その思いが、どれも否定されることがありませんように。

◆

(超耳)

2の話とは少し違う話を書いておきます。

『けものフレンズ』はちょっと特殊な事情を持つコンテンツです。
私もよく知らないので、どこかで見聞きした記憶をメモする程度ですが、以下、時系列順と私が思っているとおりに書いてみます。

(1)漫画家・吉崎観音さんがコンテンツの大枠を作り、キャラデザをする
(2)携帯電話アプリや漫画などで『けものフレンズ』が展開
(3)商品としては『けものフレンズ』はヒットする分野がなく、アプリも漫画もひっそりと終了
(4)(本来はアプリや漫画と連動して盛り上げる予定だった?)アニメ『けものフレンズ』が注目も期待も極めて低い状態からスタート。予算は通常のアニメの半分にも満たない状態だったとか。
(5)アニメ『けものフレンズ』が大ヒット
(6)アニメ『けものフレンズ』を制作したたつき監督(と制作チームirodori)が「ざっくり角川方面」のお達しにより強制的に降板。このときすでにアニメ2の制作を半年ほど進めた状態だったとも。
(7)アニメ『けものフレンズ2』が放送。極めて劣悪な出来。

『けものフレンズ』は鑑賞するのに視聴者の力量を大きく必要とします。これは高尚さなんていう話ではありません。「わかる人にしかわからない。なぜならいいものだからだ」というような擁護はまるで的外れです。

『けものフレンズ』は3Dモデル(平成28年〜31年という黎明期の時代にあっては未熟な技術)を使っているので、メリットも大きいかわりにデメリットを抱えています。コンピュータが計算であらゆる構図をかんたんに(と語弊を承知で言います)出力してくれます。でも、キャラの魅力を「見せる」のに絵を頼みにできないのがジレンマですよね。魅力はおもに歪みから生じるものですから(※)。だからモデルのビジュアル以外を魅力に感じるという力量が必要とされてしまうのです。繰り返しますけど、その力量は本来はアニメ鑑賞に不要なもので、これを必要とするからレベルが高いとかたっといとかいうことではありません。弱点でもあるわけですからね。(※ある程度は3Dでも歪みを持たせられるようです。テクスチャを貼る、一部手書きで作って合成するなど)
必要な力量とは、キャラクターの行動によって心理を理解すること。たとえば「心配そうな顔」や「悲しそうな顔」を絵の力で描いていなくて、それを見て取ることができる力量。本来なら、これは表現する側が負担する部分です。『からくりサーカス』の鳴海が3Dモデルの範囲でしか表情を変えないとしたら、「もう藤田和日郎作品じゃないよ、それ」ってなりますよね。あの絵がないなら魅力はとてつもなく減ってしまいます。
でも『けものフレンズ』はそうするしかないので、顔の演技での表現は捨てたぶん、行動で表す部分をものすごく情報量を増やして実現しています。

読み取るのはたいへーん! でも、たーのしー!

視聴者でこれを楽々とクリアできる人は『けものフレンズ』の魅力を(ついでに『ケムリクサ』の魅力も)大いに受け取れることでしょう。繰り返しますが、本来はいらない力量です。持ち上げているのではなく、負担が大きいアニメだと言っています。
要するに、アニメとしては異端ですよね。
でも不思議なことに『けものフレンズ』は子どもたちにもウケたようです。テレビ東京が夏休みの時期に朝番組として再放送していましたよ。子どもたち、すごいね!

ここから『けものフレンズ2』の話に戻るんですけど。
力量を必要とするアニメのファン層は、やはり力量を持った人たちです。
ファンを満足させるには力量を必要とするアニメでなければならなかった。

これ、テレビ東京のジャイアンたちがまったく見誤っていたことだと思うんですよね。
「このチャチな3Dモデルが人気? ガキっぽい視聴者にウケているんだな」という表層的な短絡をした人たちがいたと推察します。たぶん製作者ではなくてテレビ局側にです。さすがに作り手の人は誤解する人は多くなかったと思いたいですよね。テレビ東京側は誤解したと私は強く推察しています。
今でも気づいていない可能性があると思います。
ちょっと話がそれますが、「小説より映画のほうが上。だって絵も音楽もついているじゃん」みたいなことを本気で言っている人たちも、広い世の中にはいるじゃないですか。一部とはいえ。ああいう短絡ってあるものなんですよね。たぶん似たようなことだと思います。テレビのお仕事の専門家がアニメについて疎いのは仕方がないとも言えます。

じつはさっき『けものフレンズ2』の1話を見てきました。12話から戻ってみると、なんと現場にはわかっている人もいたっぽい感じです。キュルルもサーバルもカラカルも、カルガモ(なぜかアオクビガモ(マガモの雄)っぽい配色)も、視点やら体の動きやらが、表情豊かです。きっと2ではない方の『けものフレンズ』を見て、劣らぬ作品作りをしたいと思っていたんじゃないかなー。助けてくれたカルガモの心配もしていました。挨拶やお礼の会話もできていました。

途中で長所をすべて捨ててしまったけど。
「良かった」が2.6%も存在しているのは極めて不可解に感じています。「2が好き」という人が実在しているのを記者と同じく私も知っています。その人たちの素直な気持ちを「なかったことにしろ」なんて思いません。
私の不可解さという素直な気持ちも、記者がなんと言おうともなかったことになりませんし。

たつき監督が作らなくてもちっとも構わないと思います。でもお手本がありながらそのとおりにできなかった無能は、どうにも擁護できません。
記者が憂える点は「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」のような現象で、2が気に入らないと感じる人たちが「攻撃できれば理由や根拠はなんでもいい」という状態に陥っているケースが一部あるところじゃないでしょうか。他の社会問題などに比べるとそういうクズ批判者の割合は高くありません。だいぶおとなしいなーと感じるほどです。でも一部にいますもんね。(ダメな話は少量にしたいのですが、一つだけ例を。「6話で出てきた料理は韓国料理に見える。韓国が関わっているからダメだ」という論調の大馬鹿者もやっぱりいました。いや、韓国料理が出てきたのなら「なぜ?」って思っていいけどさ、韓国料理に見えないレベルのものをそういうふうに言うと批判している方がバカに見えますよね)

長くなっちゃった。次の日記では別の人の意見をメモしますね。2を擁護する人たちあるいは2のほうが好きな人たちのな中から、マシなのをチョイスしてみます。


脈絡はありませんけど、私としてはこんな気持ちで2年くらい過ごしてきましたよ。
「けものフレンズ、好きだ」

【画像1】は12話上映会の開始前のスクリーンショット。私は途中で追い出されました。
【画像2】は『けものフレンズ』を最初に小馬鹿にしていた人が手のひらを返すように高評価をする発言。

【画像3】はコンセプトデザイナーの方がお描きになった単行本(『けものフレンズコミックアラカルト』の表紙。キャラデザの魅力がよく出ていますよね。ヒトさえもけものの一匹と扱うところもいいなと思います。ヒトのフレンズ、好きだ。

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