�猗紳个琉戝廰�
とは、ニコラウス・クザーヌスの有名な言葉である。
しかしこのニコラウス・クザーヌスは哲学史的に果たして�狠羸き瓩紡阿垢襪里�、はたまた�犇畭絖瓩紡阿垢襪里�ということが哲学史では一つの問題となっているらしい。
上記の�猗紳个琉戝廰瓩箸いΕ縫灰薀Ε后Ε�ザーヌスの言葉は、ある意味では神秘主義的な言葉であり、ニコラウス・クザーヌスは�狠羸に�期の神秘主義的な哲学者�瓩箸靴董⊃脆觴腟舛療�学史ではそのように位置づけられている。
ところがニコラウス・クザーヌスは、中世の神秘主義とは一線を画しているところもある。それは、個と多、無限と有限、神と人間などの一見すると対立する事項を�猗紳个琉戝廰瓩箸いΤ鞠阿任修梁侘�する次元を超えたところでの調和を�猩斥�的�瓩棒睫世靴茲Δ箸靴燭箸海蹐妨�られるのだ。
そもそも�狠羸き瓩箸浪燭�、�犇畭絖瓩箸浪燭�ということがニコラウス・クザーヌスが哲学史的に�狠羸き瓩紡阿垢襪里�、�犇畭絖瓩紡阿垢襪里�という問題の前提となるであろう。
神への信仰が哲学の根本問題だった�狠羸き瓩紡个靴董⊃世悗陵�性的理解が哲学の根本問題だという見解もある。�狄�仰�瓩紡个垢覘猴�性�瓩箸いΔ箸海蹐法�中世と近代の相違があるとすれば、ニコラウス・クザーヌスは�犇畭綸�学�瓩紡阿垢襪里�もしれない。
そう考えると、�犇畭綸�学�瓩魯妊�ルトから始まるのではなく、ニコラウス・クザーヌスから始まるのかもしれない。実際にそういう哲学史観を唱える哲学史家も存在する。
このようなニコラウス・クザーヌスの哲学的思想の影響を受けた現代哲学者にカール・ヤスパースがいる。理想社から刊行されていた「ヤスパース選集」のなかの『ニコラウス・クザーヌス』は、ニコラウス・クザーヌスを考えていくうえで貴重な一冊だといわれてきた。訳者の園田担氏は、日本でもニコラウス・クザーヌス研究の第一人者である。
その園田担氏が訳された『ヤスパース選集 ニコラウス・クザーヌス』が読んでみたくなった。カール・ヤスパースについては、わたしが大谷大学の学生時代、箕浦恵了先生がゼミナールのテキストとしてカール・ヤスパースの『哲学�� 実存開明』を使われていた。
箕浦恵了先生のご専門はソクラテス・プラトンを中心とする古代ギリシア哲学であるが、ヤスパース哲学のなかにソクラテス・プラトンの哲学の影響が見て取れるからだったかもしれない。
いささか、少し話が広がってしまったかもしれないが、わたしが初めてニコラウス・クザーヌスの名前を知ったのも西田幾多郎の論文を読んでいるときであったように思える。西田幾多郎の�狎簑侈圭眦�自己同一�瓩箸いΤ鞠阿皀縫灰薀Ε后Ε�ザーヌスの�猗紳个琉戝廰瓩箸い�思想の影響があったようである。
そんな理由からも園田担訳『ヤスパース選集 ニコラウス・クザーヌス』を購入することにした。
ログインしてコメントを確認・投稿する