American Film Instituteでやってる Second Look, 2018 の一環で去年見落とした映画を観てるの。ちょっと前に書いたバーニングもその一つ。で、土曜日はアカデミー賞にもノミネートされた未来のミライ。
いやさ、何が不満かって、最初に出てくる鳥瞰で観る街の風景がいい家が多すぎ。そして、くんちゃんの家、お父さんが建築家なんだけど、立派すぎ。日本であんな北欧家具、Midcentury Modernな家に住めるって、どんだけ金持ちなんよ?って感じよ?この予告編の0:16辺りなんだけど、どこの家も庭が広くって、建坪だけでも、300平米はあるわね、って感じの豪邸ばっかり。
で、家の中は畳の部屋のない、本当にきれいなお家。話のなかから場所は横浜のどこか、ってわかるんだけど、家、素敵すぎ。アタシの姉の家が横浜の新興住宅街だけど、もっと小さい家が建て込んでる感じよ。最近は違うのかしら?って思ってGoogleの衛星写真で見てみても、そんなところ見つからない。実写ではあんないい家は出てこないものね。
いやさ、ファンタジーだからいいのよ。出てくる人間が、日本人にはいないような、10頭身で足長くってもさ。でも、人種としての骨格等、「自分の変えられない」ファンタジーと家の造りとか自分で変えられるファンタジーとは違うと思うのよね。で、その「北欧系のMidcentury Modernの家」は多くの日本人がお金がないから建てられないファンタジーなのか、若しくは、そういう家はアニメの中だけで、実際になると、実は欲しくない家なのか、ってのが問題だと思うのよ。
別の言い方をすれば、日本のショボい住宅資本は日本人の好み、選好を表しているのか、それとも、お金とか条例とかの制約があって、ああいう家を建てられないのか、ってことね。で、今のようなショボい家で満足してるのならしょうがないけど、日本人が実はアニメに出てくるような家に住みたいけど、今のような、狭い、部屋が小さく分かれててごみごみした家になってるのは、税制(相続税も含む)、建築基準法等々の政策の問題だったら、なぜ変わらないのか?って話。
アタシは日本の住宅資本のショボさはすっごい不思議だと思ってるのよね。お金持ちになってもなんであんなにショボい家に住み続けるのか?1950年代のもっと貧しいポーランドやスペインでももっといい家住んでたわよ?で、今、韓国やタイのような日本より貧しい国でも、もっといい家住んでるわよ?この謎、解明したいわ。
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