つぶやき欄をスクリーンショットでメモしておきますね。
「イイネ」の多いつぶやきは至極まっとうなものが多いと感じます。個別にはコメントいたしません。開いて全文を読んだものもありません。
中には記者に誘導されるとおり「死んだから病院が悪い」という悪の思考に染まっている人もいるように感じられます。
死なんか誰にだって訪れます。愚行権の行使が保証されるかどうか、つまり生きている間の人生デザインのほうが重要であるのに決まっているのです。
後悔まみれの死を選んだら、後悔まみれの死を迎える。それをすら選ぶ権利が私たちにはあるのです。
覚悟の足りない愚者が一部にいるんだなあ。
誰かを悪者にすると、気分がすっきりしますよね。
でも問題の根は深くなるばかりですよね。
選んだとおりの死を迎えられないっていうことがどれほど恐ろしいか、想像もできないバカは黙っていれば恥もかきません。もちろんしゃべってもいいんだけど、誰かが言うでしょう「バカは黙っていろ」と。
どの死がいい死で、どの死が人権を上回るダメな死なのか。他人が決められることではないのです。死はそんなに軽くないのです。
「軽々しく他人が選んだ死を否定するなバカどもが」
「お前自身はどうなんだ? 自分が選んだ死を他人に奪われたいのか?」
と、思います。
(なんでそれっぽっちのことすら考えずに生きているんだろうなあ。考えずに生きるのなら、そのまま死ぬほかないというのに)
■透析中止で死亡「密室で独断専行してない」 病院が反論
(朝日新聞デジタル - 03月08日 20:33)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5529940
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