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2019年01月25日12:39

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竹内良知さんの「スピノザ哲学の現代的意義」という短編から

昨日、先日『日本の古本屋」サイトで購入した、工藤喜作著『人類の知的遺産 第35巻スピノザ』(講談社)が届く。

その巻の月報に竹内良知さんが「スピノザ哲学の現代的意義」という短編を寄せていた。

そのなかで竹内良知さんは、スピノザの哲学を《救済の哲学》と評している。竹内良知さんは次のように書いている。

「スピノザの哲学は何よりも救済の哲学である。彼は、諸宗教が人びとに示してきた救済という目標に、あらゆる宗教的伝統の外で、純粋に合理的な方法で到達しようとする。彼の哲学においては、絶対合理主義とも呼ぶべき徹底的な合理理性と深い宗教性とが渾然一体となっている。スピノザ主義はまさにその点で、人類の思想の歴史においてユニークな性格を示しているのである。救済は、彼にあっては、知性によってしか得られない。それは真の認識−神への知的愛を生み出す真の認識に存する。」

スピノザという哲学者は、竹内良知さんが言われるように、救済、つまり神の愛を純粋にかつ合理的に求めた哲学者なのかもしれない。�爐△蕕罎觸ゞ掬�伝統の外で�瓩弔泙蟾餡箸砲茲辰洞�制的にユダヤ教徒からキリスト教教徒に改宗させられたことにより、ユダヤ教からもキリスト教からも�犲�由�瓩蔑�場を得ることによって、かえってユダヤ教、キリスト教の非合理な部分を指摘することができた。その結果が�狄逝┝�然�瓩糧匿析世任△蝓▲罐瀬箒機▲�リスト教の�狄由平性瓩鯣歡蠅靴燭箸澆覆気譴董�破門されてしまったのである。

「救済は外から与えられるものではなくて、いわば回心をつうじてのみ得られるのである。そして回心conversionとは、J.ラクロワが言うように、外に向かって分散している状態diversionを内にむかって転換することinversionである。」

わたしは、この竹内良知さんの救済論に、西田幾多郎の�狷盧濺�超越�瓩剖瓩い發里鮓�出す。つまりスピノザの哲学と西田幾多郎の哲学に近いもの見出すのである。カール・レーヴィットもその著『神と人間と世界 デカルトからニィチェまでの形而上学』(岩波書店)のなかでスピノザを一番最後に書いていたが、工藤喜作さんによれば、それはカール・レーヴィットがスピノザの形而上学をデカルトからニィチェに至る西洋思想史の流れのなかで最も新しい思想だと考えていたからだと論じている。

わたしは、『人類の知的遺産 第35巻スピノザ』の月報にあった、竹内良知さんの「スピの差哲学の現在的意義」という短編から、スピノザの哲学からも何か西田幾多郎の�狷盧濺�超越�瓩箸いΔ發里鮃佑┐討い�材料があるように思えたのである。
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