「申し訳なかった」
「反省の意を表明する」
「心から謝罪したい」
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宮澤喜一首相は
韓国の盧泰愚(ノテウ)大統領に対し、
わずか22分の間に8回も謝罪した。
これは3分に1回以上の計算になる
というから、もはやほとんど
会談の体をなしていない状態であった、、、
* * * *
1992年1月16日、
宮澤喜一首相が
最初の首脳外交先に選んだのは、
韓国だった。
ところが、この日韓首脳会談では
開催日のわずか5日前に
両国の溝を深める決定的な
事件が起こっていた、、、
遡ることさらに数か月前…
1991年も暮れの頃、
朝日新聞デスクは焦っていた。
「まだ資料は出てこないのか!」
「すみません、今のままでは
まだ証拠が不十分です。
もう少し待ってもらえないでしょうか?」
「ダメだ。なんとしても
年末あるいは年明けの
早い時期に出す」
上司にこう言われた記者は
かなり強引な形で、記事を書いた。
そして1992年1月11日、その記事が出た。
「証拠不十分」のまま掲載された記事がこれだ。
「日本政府が�牋岼舵悗龍�制連行��
をしていた証拠を発見した」
という内容の記事だった。
そして文末にはこう一言が載っていた。
「政府として新たな対応を迫られるとともに、
宮沢首相の十六日からの訪韓でも
深刻な課題を負わされたことになる」
このとき、日韓首脳会談を
5日後に控えていた…
さらに、首脳会談3日前の1月13日、
朝日新聞は畳み掛けるかのように
次の記事を出した。
見出しは
『従軍慰安婦
首相、訪韓時に謝罪
軍の関与認める』
その記事は
宮澤首相が韓国訪問したときに
「従軍慰安婦の謝罪をする」
ことが決定したかのような
報道の仕方であった、、、
そして、朝日新聞が狙った通り、
日本政府側、そして宮澤喜一首相は
動揺した。
すでに首脳会談の数日前なので、
政府はその真偽を検証する時間もない。
朝日新聞デスクは
そこまで計算済みだった。
まさに朝日新聞は
このタイミングを狙って
検証もままならぬ記事を
急いで出したのであった、、、
その一方で、世論は沸騰した。
宮澤首相は世論に押される形で、
首脳会談中、謝罪の言葉を繰り返した。
慰安婦問題はこの日から全てが始まった、、、
そして、この日は
朝日新聞にとって念願の
記念すべき日となった。
なぜなら、日本のトップである首相に
「従軍慰安婦を認め、謝罪」させたのだから、、、
今日までこじれている
慰安婦問題はこの日から始まった。
この首脳会談の2週間後から
ソウルにある日本大使館前で
「慰安婦水曜デモ」も始まっており、
今日まで26年間欠かさず行われている。
この記事をきっかけにして
韓国の政治宣伝がはじまり、
このときの宮澤首相の謝罪を
きっかけに「日本が認めたぞ!」
と世界に発信している。
・・・
しかし、今日ではこの日の
朝日新聞の記事が捏造であり、
「従軍慰安婦問題」が
事実無根であることは、
あらゆる研究者によって
証明されています。
朝日新聞側もそれを認め、謝罪しています。
さらに、実際にこの記事を
書いた記者は
『週刊新潮』2014年8月28日号
でこう証言しています。
「デスクから
�倏�末あるいは年明けの
早い時期に出せないか��
と言われていましたが、
自信が持てず
�猝詰�です��
と答えました。
それに、政治部でないので
首相訪韓への認識はなかった……
宮沢首相の訪韓に触れたくだりは、
私ではなくデスクが書いたのです」
また、韓国の済州新聞ですら、
「従軍慰安婦問題」が虚偽である
ことを報道しています。
最近では急速な勢いで
発行部数を落としている朝日新聞ですが、、、
このような「嘘」に基づいた
報道をする姿勢は
何も朝日新聞に限ったことではありません。
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