この事故の話もあったりするのだけれども、当時の日本に許可されてる範囲以上の
修理や整備、メンテナンスの制約があったような話があるんですけれどね。
■入念指示で「事故防げた」=ボ社任せ、責任否定−送検16人供述全容・日航機墜落
(時事通信社 - 08月12日 07:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=5241409
この入念な指示ってのも、この事故の数年前の尻もち事故が発端で圧力隔壁の修理を
行ったボーイング社が隔壁の接合を間違えた所為ってのが言われてた訳でしてこのときに
本来は二列で必要なリベットを一列でやっちまった、なんて話がございまして。
それが長い間の膨張・収縮の運動を繰り返す内に金属疲労が蓄積して、隔壁の破壊に
つながったてな結果だったとか。
その結果わかったことは、修理の内容次第でボーイング社に戻すだのなんだのではなく
出来ることはちゃんと指示あるいは修理手引書を作る事で確実に行うってな話だとか。
入念な指示を必要とする部分が、圧力隔壁とその構造てのは、どうやら企業秘密的な
部分もあって隠したいのはあったりするそうでしてね。
さらに、この圧力隔壁が吹っ飛んだことで油圧が全滅。
エンジンの出力操作だけであんだけ飛行できたのは奇跡的なレベルだそうですよ。
ボーイングにしてみれば、航空機の修復を敵国条項がまだ国連に残っている状態の
日本に任せるのはできない様な空気もあったと言う話もあるし、航空機を運用する
と言う事では、最初の尻もち事故の際の修復や点検に関する入念な指示を与える事、
それに対して修復箇所の点検に関するマニュアルの制作等も含めて改善した等も
有るようですので、入念な指示をと言うのは当時の日本と言うか航空機産業界隈を
取り囲んだ社会情勢を顧みても必要だったって報告でもあるとかなんだとか。
もちろん、アメリカの国家運輸局もそれに類する答えを出しているのですよね。
こういう話は、結構CSで見れたりするのでかなり見ていますけれど、今回の記事は
JALを批判するために敢えて責任逃れに書いてるように感じたりしちゃうわけです。
なにしろボーイング社に任せろってのは当時の指示でそれしかできないのが実情、と
そんな事でしたからね。
そういう面を含めても、色々と複雑な事情の絡み合いとボーイングの修理の問題等も
あったりしますが、日航は当時相応の責任を取ったと言えるんですね。
で、その頃のマスコミは日航はボーイングの罪を着せられた!!なんて記事が
踊ったなんてのもあったりしたんですよねえ。
当時マスコミがちゃんと調べていたら、アメリカ側の発表と含めて色々と面白い事実が
出てきて、いまの自民党一強なんて生み出さなかったんじゃないでしょうか?
誰なんでしょうね?夜間操作能力のある米軍に引き上げ要請だした日本のお偉いさんは?
普通に米軍にすぐ要請を出せる立場て当時の防衛庁長官って話もございますけれど、
だとしたら当時の防衛庁長官って誰でしたっけ?
で検索すると加藤紘一でした。
加藤紘一
加藤 紘一(かとう こういち、1939年(昭和14年)6月17日 ‐ 2016年(平成28年)9月9日[2])は、日本の外務官僚、政治家。「宏池会のプリンス」[3][注釈 1]と呼ばれ、山崎拓・小泉純一郎と結成したYKKの代表格。衆議院議員(13期)、防衛庁長官、内閣官房長官、自由民主党政務調査会長、幹事長、宏池会会長を歴任。「総理に一番近い男」[3]とも呼ばれたが、加藤の乱や秘書の脱税疑惑で失脚した。正三位、旭日大綬章受勲。
鶴岡市長、衆議院議員を務めた加藤精三の五男。三女は、衆議院議員の加藤鮎子。日本中国友好協会で会長・名誉会長[5]を歴任した。
続きはwikiでどうぞ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E7%B4%98%E4%B8%80
何か知っていたかも知れませんが、どこも取材に行かないため永眠なされてるので
出てきた情報の後追いしかしない伝統的メディア様は最早、ジャーナリズムを名乗る
なんて事とか、事実を語っていると鼻の穴をおっぴろげて自慢するような事はできない
とおもったりするし、少しは恥じろ、と思ったりする次第であります。
CSだのネットだの見てるほうがこの手の情報は早いw
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