今、近所のAmerican Film Institute(AFI)の劇場でベルイマン生誕100年を記念して、ベルイマン映画特集をやってるので、最近、いっぱい観てるの。ここ一週間で「第七の封印」、「野いちご」、「処女の泉」、「魔術師」、「鏡の中にある如く」、60年代初期のベルイマンがブイブイ言わせてた時の映画。
ベルイマンと言えば、アタシが映画少女になりたての1974年、キネマ旬報ベストテンの外国映画の一位が「フェリーニのアマルコルド」、2位がベルイマンの「叫びとささやき」。その次の年の夏休み、東京に行った時に名画座めくりで「叫びとささやき」を見て大感動したのを覚えてて。それから、「ファニーとアレクサンダー」とか「リハーサルの後で」を観ただけなので、この特集は嬉しい。
しかし、観た映画全部に出ているマックス・フォン・シドー。小津映画における笠智衆か、ってくらい全部の映画に出てくる。そして、顔でかい!顔長い!一番左の写真でどれだけ女優と比べて顔でかいかがわかる。
で、思ったの。この世の中には人種・国籍に関係なく顔長族がいるんじゃないか、って。なんとなく人種が違っても共通点のある顔長族。で、アタシもその一人。スエーデンのマックス・フォン・シドー、日本だと斎藤洋一。
斎藤洋一なんて、写真見た時、アタシの兄にクリソツでびっくりしたわよ。ヤスシ兄ちゃん?とまで思った。で、モアイと似てると言われてたりするのも目にして、アタシもイースター島に行った時に「モアイとファミリーリユニオン?」とまで言われたしね。ベルトリッチの「1900年」見た時に、チョーやな奴で出てくるドナルド・サザランド。ゲハハハハハと農民を虐める顔を見て、アタシと似てる

・・・って嫌な気になったものね。そして、2丁目、アタシがその後行きつけになったクロちゃんがいたパル。最初に行った時に、「アナタ、名前なんて呼んだらいい?名前つけなさいよ、馬面ちゃん、ってい呼ぶのかわいそうでしょ

」って言われたものね。
これに気づいてから、余計に目につくようになった顔長族。しかも顔長族、アタシのシュミの正反対にいるタイプなので、嫌。同族嫌悪ってやつ?
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