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2018年06月21日23:58

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市民と公民

私たちは、
街で道路を使い、鉄道に乗り、
電気やガス、水道といった
ライフラインを使い、
暮らしているわけです。

これらのインフラストラクチャーは、
全て「土木」により建設されたものです。

あるいは、日本は水稲農業ですが、
水田を作り、水を引き、
あるいは貯水し、排水する。

日本のコメを作るためには、
土木工事が必須なのです。

人類の文明は、
土木によって作られてきました。

さて、土木を英語に訳すと
「civi works」と
なります。そして、文明が
「civilization」。

文明と土木の関係が深いことは、
英単語からもわかります。

ここで問題にしたいのは、
「civil」という単語です。
civilを日本語に何も考えずに訳すと、
「市民社会の」になります。

もっとも、civilは「公民の」
「民間の」「国内の」など、
複数の意味を持ちます。


「市民社会の」の場合、
日本語における「市民」の概念が
問題になります。

特に、戦後の日本では、
「市民」は「国家から切り離された人間」
といった印象を含んでしまっています。

典型的な用法が「地球市民」でございますね。

とはいえ、市民にせよcivilにせよ、
「国家」とは切り離せない、
あるいは切り離してはいけない単語です。

何しろ、「市民による軍の管理」のことを
「civilian 
control(シビリアンコントロール)」
と呼びます。

国家の管理下にない「地球市民」により、
国民国家の軍隊をコントロールされたのでは、
たまったものではありません。

間違いなく、
私利私欲のために軍が使われることになります。

シビリアンコントロールは日本語で
「文民統制」と訳されますが、ここでいう
「文民」とは地球市民的な市民ではなく、
単純に「民間人」という意味でもなく、
「国家の行く末に責任を持つ主権者たる国民」
になるのでしょう。

当たり前ですが、
国家の軍事力をコントロールする責任は、
「国家の行く末に責任を持つ主権者たる国民」
が担わなければなりません(※民主主義国家では)。

上記を考えたとき、気になるのが
「国家の行く末に責任を持つ主権者たる国民」
という意味における「civil」に
該当する日本語がない、という話になります。

強いて言えば「公民」でございますが、
最近のメディアで「公民」という言葉を
聞いたことがありません。
(代わりに「市民」が多用される)

公民とは、「国政に参与する地位における国民」
という意味であるため、
civilの訳としては適切なのですが、
マスコミや日本の左派勢力が嫌う
「国家色」がバリバリに入っています。

ナショナリズムを否定し、
日本国家と国民を「対立構造」に
置こうとする勢力にとって、
公民という言葉は実に都合が悪いのだと思います。

それはともかく、
語源から考えていくと、土木とは
「国家に責任を持つ公民による文明の構築」
という意味になるわけです。

土木とは文明であり、文明とは国家なのです。

それにも関わらず、
過去二十数年間の日本国民は
土木業や公共投資によるインフラ整備を嫌悪し、
間違った情報に基づき批判し、
攻撃し、嘲笑し、自らの首を絞めてきたわけです。

現在の日本国における土木嫌悪症や
公共投資悪玉論は、「文明の破壊」
であることを理解しなければなりません。
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