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2018年05月26日01:14

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保守思想と理性(後編)」

フランス革命期のイギリスの
「"保守”思想家」であるエドモンド・バークは、
著作(フランス革命の省察)において、
人間の理性に頼り、暴走するフランス国民議会を
猛烈に批判しているのですが、

例えば「人権」については、
「しかも彼らは、古来の伝統や、
過去の議会による決議、憲章、
法律のことごとくを、
一気に吹き飛ばす爆弾まで持っている。
この爆弾は「人権」と呼ばれる。

長年の慣習に基づく権利や取り決めなど、
人権の前にはすべて無効となる。

人権は加減を知らず、妥協を受け付けない。

人権の名のもとになされる要求を
少しでも拒んだら、インチキで
不正だということにされてしまうのだ」

と、"爆弾"扱いしています。

人権とは、非常に抽象的で曖昧な概念です。
「人権を害する」のボーダーラインは、
果たしてどこなのか。

使いようによっては、
人権は他者を(特に政敵を)
害する際の武器に使えます。

ちなみに、人権という抽象的価値観に基づき
"理性的な社会”が訪れた狂気の国の姿をモチーフに、
三橋は2009年にディストピア小説
「新世紀のビッグブラザーへ」を刊行しています。
(Kindle版も出ていました)
https://amzn.to/2InnqP3

さて、"理性"による判断の問題は、
根拠となる"価値観"に普遍性がなく、
長期的な正しさを担保できないことです。

わかりやすく書くと、
「人を殺してはならない」
という価値観であっても、
平時の街中と、
銃弾飛び交う戦場とでは、
まるで意味が違ってしまいます。

特に厄介なのは、
"理性的な判断”の根拠となる価値観に
「感情」という怪物が入ってくる場合です。
当たり前ですが、同じ現象を目にしたとして、
抱く感情は人によって異なります。

全ての人間の数だけ存在する
「感情という価値観」に基づき、
長期的に正しい"理性的な判断"が
できるのでしょうか。

できるはずがないのです。

といいますか、
我々が自身では"理性的な判断"としたものは、
実は個々人の感情に基づく判断に過ぎない
ということはままあります。

具体的な例を出すと、
「陛下の譲位問題」や
「女系(女性、ではありません)天皇問題」です。

「ご高齢にも関わらず、
公務を担わなければならない
陛下はお可哀想」

「愛子様にお子様が生まれたとしても
天皇になれない(※「女系」になるため)
のはお可哀想」

などなど、最近、皇統を巡り
「感情的な判断」をする人が
増えているように思えます。

とはいえ「お可哀想」という価値観には、
普遍性はありません。
同時に、長期的に正しいとは限りません。

特に、日本の皇統が神武天皇の古(いにしえ)から
「男系」で続いていることについて、
「現在の価値観」「感情的な価値観」に基づき、
否定しようとする人は少なからずいるでしょう。

とはいえ、
「現在の価値観から鑑みるに、
皇統について男系でこだわるのは奇妙だ。
女系も認めてしまえ」

とやることは、
まさしくバークが攻撃した"理性"的判断そのものです。

確かに、理性的に考えると
もっともに思えるかも知れませんが、
その判断が「長期的に日本国民のためになるか否か」は、
分からないのでございます。

それでは、日本国家に対し、
長期的に影響を与えることが
確実な問題(皇統問題)について、
我々はいかなる根拠に基づいて
判断をすればいいのでしょうか。

答えは、バークが「フランス革命の省察」において、
しつこいほど繰り返しています。

すなわち”伝統”です。

なぜ、"伝統"が正解なのか。
理由は、まさしく「長期的に正しかった」が故に、
伝統として続いてきたためです。

長期的に正しくなければ、
伝統は途中で途切れ、
伝統足り得なかったでしょう。

"理性"ではなく、伝統を大切に受け継ぎ、
性急な改革に疑念を持つ。
これが、バークの言う「保守思想」の
神髄なのでございます。

別の分かりやすい例を出しますと、
「遺伝子組み換え作物(GMO)」です。

GMOが人間にとって安全なのかどうか、
現時点では判明していません。
何しろ、人類がGMOを口にし始めてから、
未だに四半世紀程度しか経っていないのです。

それに対し、
我々が日常的に食している
"伝統的"な非GMOの食物は、
絶対に安全です。

理由は、過去に人類が何百年と
食べ続けてきたからでございます。

何十世代もの人類が食してきたにも関わらず、
問題が出ていない。

伝統的な非GMO食品の安全性は、
まさしく”伝統”によって保障されているわけです。

それに対し、
GMOの安全性を"科学”によって主張する人々は、
まさに"理性的判断”をしています。

確かに「科学」的な根拠に基づけば
正しいのかも知れませんが、
GMOが今後の人類に対し
長期的に悪影響を与えないかどうか、
「わからない」というのが正解なのです。

あるいは、日本各地に残る「伝統工芸」は、
まさに伝統的に受け継がれてきたからこそ、
その品質が保障されています。

長期的視点で見ても
素晴らしい工芸品でなければ、
伝統工芸にはなれません。

もちろん、伝統的に長く続いてきたから
「必ず正しい」というわけではありません。

だからと言って、
伝統を根こそぎ全否定する態度は間違っている。

問題があるならば、
伝統に手を加え、メンテナンス(=保守)し、
伝統を引き継ぐべきというのが、
保守思想の元祖であるバークの考え方になります。

興味深いことに、
ドイツの政治学者・社会学者・経済学者である
マックス・ウェーバーは、「権威による支配」には
三類型があると主張していたのですが、
その一つが「伝統」でした。
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