今開催中だというオリンピックでメダル獲得が続いていると聞きます。ゆとり教育のメリットが発揮されましたよね。もちろん個人の努力、チームの努力、周囲の協力が尊く、順番として一番に讃えられるべきです。その阻害をする土曜日授業とか、自主的に選択できない強制の宿題やら居残りやらというものを取り払ったゆとり教育もまた、ずっと下のほうでいいんですけど、貢献が認められるべきだと思います。
ゆとり教育には余計な同調圧力を取り払う作用があります。そうすることで上位層を伸ばす長所があります。
上位層には非常によい仕組みなんです。中位層以下はあまり救われません。いえ、彼らは自分がまず自分を救わないほうを選んでいるので、責任の順番はまず何をおいても本人なんですけどね。ゆとり教育が一番悪いんじゃないんですけど。でもゆとり教育の責任も、間違いなくありますよね。
中位層以下は強制されないと学ばないし他のことにも努力しない人たち。その証拠に強制すると上位層に入ります。でも敢えてそれらを救わずに、上位層を救う仕組みがゆとり教育。そのよいところが出ましたよね。
画像、為末という方が私と似たようなことをおっしゃっているようだったので。今日のツイートらしいです。
何事も、ぐずぐずしている人たちを置き去りにしてしまえば効率がよくなりますね。
ただし。ぐずぐずしている人たちを救わなくていいのでしょうか。強制して嫌われる係をしたくなくてもするのが政治であり教育ではないのでしょうか。そんな視点も必要だと思います。
ほら、ぐずぐずしている人たちって僻むじゃないですか。中学に入ってから。高校生になってから。大人になってから。他人のせいにして自分の怠惰を省みないじゃないですか。数も多いので、社会全体がゆるぎますよね。治安も悪くなります。上位層への僻み嫉みがひどくなって事件を起こしたり。
今日の日本は治安がいいので、ぜひ、維持する程度にはゆとりを狭めておきたいものだなあと思います。狭き門を用意して、上位層はそちらを選ぶといいですよね。猫も杓子も大学を目指さなくていいわけですし。ぐずぐずしている人は大学も通わずスポーツで活躍もせず他に才能も伸ばさず生きていくという住み分けが上手にできる社会がいいなあと思います。
なにもしなくても世界でひとつだけの存在で価値があるよ、なんて言っておためごかしを言うことで実現できるのなら、それもあり。
今は、一度ゆとりを体験した日本なので、わりと素地としていいんじゃないかなと思っています。
部分的にゆとり教育のメリットを残すには。
ゆとり教育の部分的な残存には、社会も抵抗が少ないですよねきっと。
「詰め込み教育はよくない。子どもたちすべてにゆとりを与えよ」なんていうバカ理論を唱える人たちも黙ったし。逆に土曜日授業なしの継続にも反対の人は少ないみたいですし。オリンピックで活躍しているという人たちを育成するのに適していますよね、土曜日の授業なしって。
ゆとり教育周りについては、私個人が十年前から言っていることが今でも何も訂正の必要がないと感じます。自分の言っていたことがまあまあ当を得ていたなあと思っています。超耳もたまには未来予想を当てることがあるんですよ(笑)!
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