平均にはべつに重要な意味などないのでスルーです。
読まなくてもいいんですから、本なんて。
どうして他人が本を読んだかどうかが、しかも平均なんかが気になる人が多いんでしょうね。つまらないこと。
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「子どもの読書離れ」は本当? 「実はもっと読んでる」の背景
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=40&from=diary&id=4935170
「若者の読書離れ」が叫ばれるようになって久しい。しかし、出版社や図書館、学校関係者に「読書離れを感じるか」と聞いてみると、正反対の答えが返ってくる。「10代は本を読んでいる」というのだ。
それを裏付けるデータもある。全国学校図書館協議会が11月に発表した調査によると、小学生4〜6年生の1カ月の平均読書冊数は11.3冊(17年5月時点)で、30年前の1987年の7.4冊から約1.5倍になっている。「過去1カ月で本を1冊以上読んだ」と答えた小学生は約95%に上る。
中学生も同様の傾向で、87年の2.3冊に対して17年は4.5冊に増えている。読書離れどころか、むしろ子どもは読書をするようになっているのだ。
読書冊数の上昇傾向は2000年前後から始まった。背景にあるとされるのは「朝の読書活動」(朝読)だ。朝の時間帯に5〜15分程度の読書時間を設け、生徒に読書の習慣を持たせるという活動で、文部科学省が01年に「朝の読書活動の推進」方針を掲げたことから、多くの小中学校で導入された。
こうした「朝読」需要もあって売り上げを伸ばす本も出てきた。学研の「白い本」シリーズを皮切りに、宝島社の「ひと駅ストーリー」シリーズ、河出書房新社の「5分シリーズ」など、“短時間で読める”を売りにしたショートショート本が、“○分もの”として1つのジャンルとなっている。
「5分シリーズ」の営業を担当する河出書房新社の鎌塚亮さんは「10代は本をよく読んでいる」と断言する。
「文章や構成が10代にピッタリとハマる作品は市場にそう多くはないが、今の小中高生には物語を読む力があるので、読みたいと思える本を作れば絶対に読まれる。『源氏物語』のような大作や名作であっても、届け方を変えれば面白さを届けることができる」(鎌塚さん)
●子どもは本を読んでいる。しかし大学生は……
小中学生は本を読むようになっているが、上の世代はどうか。
全国大学生活協同組合連合会の17年調査では、大学生の1日の平均読書時間は24.4分と過去最低を更新。「0分」と答えた人は49.1%に上った。読書時間が減った大きな原因は「時間のなさ」だ。学生生活、アルバイト、課外活動に追われるうちに、読書の時間が減っているという。アルバイトをしている大学生としていない大学生の読書時間にはおよそ8%の差が生まれていた。
「5分シリーズ」を立ち上げた、ディー・エヌ・エー(DeNA)子会社で投稿サイトを運営するエブリスタの松田昌子さんは、「時間のなさ」がヒットする本の傾向にも影響を与えていると指摘する。
「忙しい日々を送る中で、読書は隙間時間で味わう娯楽になる。そうした状況の中で『必ず感動して泣ける』『必ずどんでん返しで驚く』という保証がついている作品が売れるようになっている」(松田さん)
30年前よりも読書の習慣を持つようになった小中学生。そうして積みあがった読書習慣を、どうすれば持ち続けていられるのか。また、日々の中で失われた読書習慣はどのような作品であれば取り返せるのか。出版社に工夫が迫られている。
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(超耳)
ひるがえって、意味があるのは、個人が本を読んでいるかどうかです。
読まなくてもいいんです。そちらを選ぶ権利は誰にでもある。無知なまま、他人からバカだ阿呆だと言われるまま生きる権利があるんです。
本を読むことで貴重な時間を奪われるより、もっと有意義なことに時間を使いたい。そういう人もいるでしょう。そうするべきですよね。本を読む以上にコストパフォーマンスのいい学びはとても少ないですけれども。
とりわけ、他人に意見を述べる能力。これは本を読まないケースでは発達させるのが難しい。
意見を述べることができないと不自由ですよ。他人に判断を委ね、理不尽が襲ってきても対抗手段を持たないまま生きる。逆説的ながら、そっちをさえ選ぶことができる素晴らしい自由の世界です。自由は大切です。どちらでも選ぶといいですよね。
私はどちらかというと無知を笑われる未来ではない方を選びます。見識が浅いことを恥じながら、他人にバレないようにバレないようにと言いたいことを我慢する未来ではない方を選びます。
自分の意見を持ちたい人や、理不尽に対抗したい人だけが本を読めばいいんです。読みたくない人は自分の意見もいらないし理不尽に翻弄される方を選ぶことを大事にする人なんだから、それでいいんです。
矛盾した思いを抱えて生き続ける人もいます。学ぶこと、読書することはしない方を選ぶ。でも理不尽は最大限に減らしたい。意見を他人に具申したい。矛盾ですよ。苦しくない?
親御さんが「子どもが勉強しない」だの「子どもが本を読まない」だの他人に相談するケースが世の中で一部あるそうですよ。
「親が勉強しない」「親が本を読まない」せいであることは明白だと思います。
テレビではバラエティ番組が選ばれてつけっぱなしだったら、本を読む子どもに育たないこと、当たり前ですよ。子育てで悩んだふりをする。自分は悩める親で、学ばぬ子どもを抱えた悲劇の被害者だという演技をする。バカどもですよね。
そんなバカが一人もいなくなるといいなー。そんな親がいなくなるといいと思います。できれば親が学ぶことによって。
>日々の中で失われた読書習慣はどのような作品であれば取り返せるのか。出版社に工夫が迫られている。
迫られていません。(なんで受け身なのさ)
記者も読書してこなかったクチなのでは?
大学生が本を読まないことは出版社のせいではありません。
強制する力のはたらくうち、小中学生に読書の習慣が培われつつある(続けている)ことを喜びましょう。そのあとは自由にさせましょう。バカのまま生きてバカを晒す者が「このバカ」と言われる世の中を維持しましょう。バカは損をする。という真理が明白である世の中のほうが親切ですよ。
どの人もびくびくと警戒して生きていること。物を知らぬ人、読書せぬ人は、いつなんどき自分の無知がバレるのではないかと戦々恐々として生きています。その警戒心が漏れ出しているとも気づかぬまま、バレていないと思いながら生きています。でもどこかでバレているかもしれないと恐れています。
悲しいことですよね。
本を読まないと、そういう哀れな大人になっちゃうよ、子どもたち。
もちろん、本なんて読むことは強制されることじゃないよ。選べばいいんだよ。バカにされる未来と、尊敬される未来と、どちらでも。
どちらも避ける道は、ない。ごく一部の巨大な才能を持って生まれた人を除けばね。
>今の小中高生には物語を読む力があるので、読みたいと思える本を作れば絶対に読まれる。
すごいなあ。いい方を選んでいる子どもたちが多いんですね。
平均には意味がないけれど、読む方を選ぶ子が多いという事実には意味があると思います。短時間でもいいですよ。読まない時期が(記事では大学時代が)あってもいいですよ。学びはいつからだっていいと思います。
ちなみに「今はスマホとかで情報を取得できるから本離れも仕方がない」式の論は、読書は必要だという前提でしか導くことができない意見ですよね。本を読まない人に限って最初から敗北しているそういう意見をぶち上げてくることがあります。無知で、考える力を涵養することのなかった人たちですよね。スマホの時間で読書と同等の時間があるというなら、むしろ読書している時間にカウントするようにすればいいですよ。読書要らないなんていう話になるわけがない。逆でしょ。
10人中4時間読む人が2人であとはゼロという場合、平均は一人0.8時間。
10人中全員が30分読む場合、平均は一人0.5時間です。
私は平均値の低い後者が望ましいと考えます。読まないことによるバカ増殖が抑えられるので。
>「過去1カ月で本を1冊以上読んだ」と答えた小学生は約95%に上る。
こういう統計のとり方は嬉しいですね。
平均も、推移を見るのに目安として使う必要がある人には、意味があるんでしょうね。
読書すると国語の成績が上がるわけではありません。ここの勘違いも、読書しない親には多いですよね。
「食事をしているのに健康にならないじゃないか。騙したな」と怒る人はいません。もし食事が健康の唯一の要因だと思うなら、その人はバカです。
でも「読書しても国語の成績が上がらない」「子どもに本を与えてもムダだった」と怒る人はいます。食事が健康の唯一の要因だと思うのと同じで、その人はバカです。
バカのままで生きるのは辛いと思うんですけれど。
親がダメ問題は深刻ですよ。本を読まない親とか、じつにまずい状態ですよね。
本を読まずに賢い子を育てることなど、無理な話。食事をせずに健康になるのと同じ道。「そんなことはない。今は食事せずともいい錠剤がある」「点滴で生きている人もいる!」うん、それって食事が必要だという前提を認めなければ出てこない意見ですよね? 食事の代替手段を提案しているんだからさ。
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