■半世紀走った大阪環状線の103系展示へ「本当に最後」
(朝日新聞デジタル - 10月29日 18:22)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4835833
それは四角四面の実用一点張りで何の愛想も遊び心もない面白さに欠ける電車。しかし我が国の高度経済成長を支えた企業戦士達を毎朝毎晩職場と家庭の往復させるために黙々と働いた或る意味高度経済成長の陰の功労者それが103系。
面白さに欠けるとは言うもののそれはあくまで世間様、[堅気の素人衆]の感覚。[鉄]ものには興味深い車種ではある。何しろVariationが豊富にある。1963/昭和38年より1980/昭和60年頃まで途中<MinorChange>を繰り返しながらそれでも大筋は変わらず増備された。
元々は山手線の条件に合せて経済性を追求して登場したのが103系、本来なら山手線の旧型車を置き換えたらそれで[打ち止め]で良かったのだが、他線区も車輛更新施設更新は逼迫していた。その線区ごとに特化した車輛を投入できれば良かったが当時の国鉄財政も逼迫、また多種多様な車輌を投入すると維持管理が大変になる。その結果…103系は大量増備されその結果本来103系には向かない路線にも投入されてしまった(首都圏では常磐線快速・武蔵野線など、関西では東海道・山陽各駅停車など)ためにそれらの線区では不評を買ってしまったのは気の毒ではある。
今から見れば物足りない部分はあるものの登場当時は最先端で頗る合理的な仕様だった。
他社や他線区ではJR化後程なく後継車に後を託して戦線離脱して行くなか大阪環状線での活躍が今まで続いたのは同線の環境が103系の特性に合っていたことも大きい。
大阪環状線はあまり使う機会はなかったがそれでも同線の103系にはお世話になったことはある身としてはその勇退に拍手するとともに一抹の寂しさを禁じ得ない。
さて、今回展示される103系にはしかし、残念ながら逢いに行くことは諦めざるを得まい。
理由その1 遠隔地在住
理由その2 交通費もさることながらまとまった休みが取れない
理由その3 年老いた親の介護
昔世話になった思い出は胸の奥にそっと仕舞っておくだけにしておこう…
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