拉致被害者の一部の方々が日本に帰ってきたとき、「あの国も変われるんだ。これからよくなるんだ」と思いました。
ところがそうでもないらしい……と思うよりほかない昨今です。ミサイルに核を持つ危険な独裁国家のレッテルは、まったく誇張ではないと考えます。
たとえそうであっても、帰国者の方々が身体を祖国に返されたことはいいことだったと思います。また明らかに洗脳またはそれに近い状態であった心の状態も、本来のものに戻ったんだなと感じたことが(帰国者それぞれでありましょうけれど)ありました。
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■拉致被害者、帰国から15年 北朝鮮情勢「不安覚える」
(朝日新聞デジタル - 10月09日 16:43)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4804831
保志さんはあいさつの中で、「日本での社会復帰など様々な問題に直面した。多くの方々の支援と協力で乗り越えられた」と感謝の思いを述べた。
夫妻より遅れて2004年に帰国した3人の子供の近況については、「地元企業で精力的に働いている」などと紹介。保志さん自身は昨年、小浜市役所を定年退職し、富貴恵さんは県の嘱託職員として現在も働いているという。
一方、核実験やミサイル発射を繰り返す北朝鮮情勢には「不安を覚える」と言及。日本政府に対し、「圧力強化に固執することなく、政府間交渉を進めてほしい」と訴えた。
富貴恵さんは「夢にまで見た帰国から15年。まだ解決の糸口が見つからないままです。これからも、どうか協力をお願いします」と話した。
集会には新潟県佐渡市で拉致され、同じく15年前に帰国した曽我ひとみさん(58)も参加した。一緒に拉致され、再会を果たせないままの母親ミヨシさん(85)について「大好きな、優しいかあちゃん。どうか、どうか、一日も早く、一時間でも早く、かあちゃんを返して下さい」と訴えかけた。
拉致被害者家族会代表の飯塚繁雄さん(79)は妹の田口八重子さん(拉致当時22)の写真を掲げ、「これ以降の写真がないんです。『あんちゃん、早く助けてよ』と言ってるんです」と声を強めた。
集会では拉致の可能性が疑われる特定失踪者問題の解決も強調された。1984年に行方不明になった越前市の河合美智愛さん(失踪当時20)の母、喜代子さんは「せめて娘に会えるまで元気でいたい」と話した。(清水大輔)
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(超耳)
>日本政府に対し、「圧力強化に固執することなく、政府間交渉を進めてほしい」と訴えた。
圧力強化に固執してこなかったのにこう言われちゃう政府は気の毒に思います。
今後も仮に懐柔策を取っても一方的に非難されちゃうんだなーと、よくわかります。
ということは拉致被害者の言うことなど聞いても聞かなくても同じですね。論理的に。
っていうことになるんだから、被害者の方々はもっともっと慎重になってはいかがでしょう? あなた方の言うことを聞いても聞かなくてもどうせ批判されるのでバカバカしいと思いつつも、たぶん政府はあなた方のことを忘れたりせず、できる範囲のことはすると思います。
だからもっと政府が喜びとともにあなた方に奉仕できるようにしてはいかが?
父親がやっと稼いできた給料を、多いときも少ないときも「足りない足りない」としか言わぬ子どもって、恩知らずだと思いませんか? 足りなくても、次はもっと多くしてねと願っていても、父親が働きやすいようにしたほうが、子どもももらいが多くなるはずなのにね。子どもは未熟者だからそういうことがわからないことがありますよね。
>「大好きな、優しいかあちゃん。どうか、どうか、一日も早く、一時間でも早く、かあちゃんを返して下さい」
心を打たれる思いがしました。
まずは何を置いても北朝鮮が悪いに違いないのです。北朝鮮を少しも悪く言わずにほかのずっと罪が少ない相手を責めるようなバカどもを、どうか選挙で選ぶ人が一人もいなくなるよう、まともな日本に近づけるよう、そしてご家族と再会できる未来に至るよう、そちらの方向に近づく日本であったらいいですよね。
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