立憲民主党のツイッターアカウントのフォロワー数が、わずか2日で10万を超えた。
自民と希望、つまりは安倍か百合子か、どっちに転んでも最悪の選択しかなかったこの選挙戦に対する、 立憲民主党への選挙民の期待の大きさだ、と喜べるところはあるが、一方で
「リッケンミンシュトウってなあに?」
という人も多いんだろうなあと。
むしろ、選挙民の大半、といっては言いすぎだが、かなりの割合でそういう人はいるんだろうなあと思う。
お前は、周りの人間をバカかかりだと馬鹿にしてるのか、と言われそうだが、これは、リアルな日常での私の実感。
よその国の事情は知らないが、日本では普段政治の話をするのはタブー、とまではいわないまでもマナー違反とされている。実際、職場の昼休み程度の雑談で、滅多に支持政党や今の政局についての話題なんて出ることも無いし、友人との会話でも互いの近況や共通の知人の噂、趣味の話なんかで盛り上がることが殆どだ。
そのせいか、たまにポロっとそういう話題が出ると
「え?そんなことも知らないの?」
って驚くほど、政治的なことに無知な人が結構いる。
私だってそんなに政治的意識が強いわけでもなく知識が豊富なわけでもない。
せいぜいテレビやネットのニュースを見て、特に興味あることは雑誌や書籍を探して読む程度。
それでも、耳に入ってしまうし、そうなれば自分の問題として考える。考えるというより感じるというほうが近いかなあ?
つまりはその程度のおばちゃんなんだけど、そんな私から見ても、毎日のようにマスコミで報道していてネットでもあちこちで話題に上がってることについて、なんで知らないでいられるんだろうと不思議なくらい、無知というか、スルーな人が、特に政治的報道に関しては多い。
そういう人たちが、いわゆるおバカ、といってはなんだけど「全然勉強しなかったし本なんて読んだことも無いから、難しいこと解らないし、それより遊んでるほうが楽しい」という類だけというわけではない。
むしろ、その逆で、それなりに学歴もあり、単に学歴だけではなく知識や教養も豊富で読書量も豊富な人でもそういう人たちがいる。
小林多喜二が治安維持法によって特高警察の手で拷問死したことは知っていても、共謀罪や緊急事態条項は聞いたことも無い、なんて人はいるのだ。
たいして勉強しなかった高卒の私が言うのもなんだが、「学び」というのは広汎な知識と深い思考法を手に入れることによって、より広く深く物事を考える目を持つことであって、それは当然ながら自分が所属する社会にも向かうものだと思っているんだが、そうじゃない人もいるようだ。
「知識と教養」が「知識と教養のまま」の人たち。
で、そういう人たちが、選挙で投票する際、どこの誰に入れるんだろう?
「政治なんか興味ないから選挙なんか行ったこともない」
という人はいる。
それならそれで、まあ良い(とは思わないんだが)が、実はそういうのって前者の「おバカ」系で、後者の「教養あるけど政治に無知無関心」という人は、結構優等生的に
「選挙にはいかなくちゃ」
ってことだけは、会ったりする気がする。
「行かなくちゃ」
と言っても、じゃあ、そういう人が広報読んで各候補者の政策くらいは最低でも目を通すかというと、実はそんなこと考えもつかなくて、顔の好き嫌いとか、名前は聞いたことがある程度で、選んでるんじゃないかなあと。
なんか、つらつら考えると、民主主義って本来は素晴らしい制度なんだけど、その民主主義が、ダメな政治家をのさばらせる原因にもなってるんだろうかなあとか思ったりもしてさあ。
今回の選挙、どうなるんでしょうねえ。
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