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2017年09月14日09:23

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鉄の意志がなければ生きられない社会は、鉄のように冷たい

 ある雑誌がこの夏、幕を閉じた。障害者問題総合誌「そよ風のように街に出よう」。障害者をめぐる理論や政策を論じるのが主眼ではない。当事者の生の声にこだわり、恋愛や出産など見過ごされがちだった問題を取り上げた▼1979年に大阪で創刊した。障害者が街に出ることに今よりずっと覚悟のいる時代だった。偏見や先入観は根強く、通りを行く障害者に注がれる視線は冷たかった▼反響を呼んだ特集「車いすひとりある記」は、脳性まひの男性が介助者なしで外出する体験記だ。駅員に「介助者がおれへんかったら乗ったらあかん」と拒まれる。「あんたは死んだ方がしあわせやで」と通行人に言われる▼最終の91号まで編集長を務めた河野秀忠(かわのひでただ)さんが先週、亡くなった。74歳だった。「終刊を見届けて間もなかった。雑誌と一緒に逝ってしまった」と古くからの友人も驚く▼「鉄の意志がなければ生きられない社会は、鉄のように冷たい」「社会に不可欠なのは水道、電気、ガス、そして福祉」「心のアンテナを全開状態にしていないと、風のように吹き抜ける幸せをつかまえられない」。河野さんが本紙に語っている。平易で奥深い言葉は、在野の哲学者を思わせる▼「そよ風」の刊行された38年の間に、障害者の暮らしの幅は少しずつ着実に広がってきた。それでもなお、障害のある乗客は駅頭や搭乗口でしばしばとまどう。障害者施設の入所者が危害を加えられる。そよ風がくまなく社会に行き渡るのはいつだろう。
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上記は、今朝の朝日新聞「天声人語」の全文である。

今朝の「天声人語」でわたしが注目したのは、河野秀忠さんの次のような言葉である。

「鉄の意志がなければ生きられない社会は、鉄のように冷たい」。

わたしが会社勤めをはじめたころ、ラッシュ時の通勤電車に乗り込んだ時、
「障害者がこんな時間に電車に乗り込んでくるな」
と、言われたことがある。

車椅子障害者になってしまったわたしには、自由に一人で街に出かけることが困難になってしまった。何かしら街と自分の間に厚い壁のようなものを感じるようになった。

わたしが大阪市から支給された車椅子は�犲蠢罎�車椅子�瓩任△辰騰狹兎絢岼愡勠瓩任呂覆ぁ�わたしの今の障害ならば、�狹兎絢岼愡勠瓩賄�たらない。しかもいったん支給されてしまうと、6年間は支給されないことになっている。では、その間にわたしの障害がより重くなったら、どうなるのか?

わたしは今もヘルパーさんのサポートを受けながら、月に一度梅田に出かけることがある。その途中での地下鉄の駅の構造はやはり車椅子障害者には危険な状態である。

わたしが�牋貎擁襪蕕鍬瓩鬚呂犬瓩突莊遒念貲�になる。この一年間、様々なことを経験した。その経験のなかで自分はもっと強くならなければならないと思うことも多かった。

こんな時、今朝の「天声人語」の河野秀忠さんの言葉がわたしの胸を打った。
「鉄の意志がなければ生きられない社会は、鉄のように冷たい」

わたしは鉄のような冷たい社会では暮らして行きたくないのだ。
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