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2017年08月10日00:23

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経済が歴史を動かす。

経済が歴史を動かす。
「経済」は、おカネではなく、人々の欲求、欲望、あるいは需要を、
別の誰かが満たそうとしたとき、歴史が動いたという話になります。

日本にとっての第"0"次グローバリズムである大航海時代は、
貧しい食生活に苦しんだ欧州の人々が
「スパイス(香料)」を激しく求めたことで始まりました。

その後、欧州諸国は香料諸島(インドネシア)
からインドにかけて激しく覇権を争い、
最終的にはインドからマレーシアが
イギリス、インドネシアは
オランダの植民地と化します。

イギリスは、元々はインドを
自国産「毛織物」の市場とするべく、
アプローチをしたのですが、全く売れませんでした。

価格がインドの綿製品(キャラコ)に比べて
高いことに加え、そもそも熱帯の国々で
「毛織物」が売れるとも思えません。
需要がなかったのでしょう。

逆に、インド産のキャラコは欧州で、
特にイギリスで大ブームとなります。

毛織物のゴアゴア感に慣れたイギリス人にとって、
綿織物の着心地の良さは、格別だったのでしょう。 

国内の衣料品
(のみならず、テーブルクロス、布団、カーテンなども)
の市場をインド製品に席巻されたイギリスでは、
毛織物業者たちが「反キャラコ闘争」を起こします。

激しい政争の末、イギリスは二度に渡り
「キャラコ禁止法」を施行。

イギリスは露骨なまでの「保護貿易」で、
国内の毛織物産業を守ろうとしたのです。

もっとも、法律でキャラコの輸入や使用を
厳しく禁止しても、イギリス国民の
キャラコ熱は収まりませんでした。

イギリスの企業家たちは人件費が6分の1(!)の
インドとの価格競争に勝つため、
単位労働コストを引き下げる生産性向上のための
技術投資、設備投資を始めました。

産業革命です。

産業革命により蒸気機関という
GPT(汎用目的技術)が誕生し、
蒸気ポンプ、蒸気機関車、蒸気船など、
様々な派生的な発明が生まれます。

さらに、産業革命が進むにつれ、
人々は農村から都市部の工場へ
移っていきました。

イギリスの都市部では工業化により
公害が発生し、水の品質が飲めたもの
ではなくなっていきます。

結果、紅茶が大流行。

イギリスは膨大な紅茶を中国(清帝国)から
購入するものの、代わりに売るものがありません。

というわけで、イギリスはインドで生産した
阿片を清帝国に雪崩れ込ませていきます。

結果、1840年に阿片戦争が勃発。

同じ頃、イギリスに遅れて産業革命が起きた
アメリカでは、事業家たちが綿製品の工場を
夜も稼働させ、生産性を高めることを思いつきます。

というわけで、夜間の照明の燃料として
鯨油の需要が膨張。

アメリカ人は世界中の海で鯨を
乱獲しまくったわけですが、
捕鯨船は良好な漁場を求め、
カムチャッカ半島やオホーツク海までやってきます。

当時の捕鯨船は船上で鯨油の抽出を
行っていました。

そのため、大量の薪や水が必要であり、
さらに長期航海用の食料も含め、
太平洋での補給拠点が必要になりました。

結果、産業革命で生まれた
蒸気船二隻および帆船二隻、計四隻の艦隊で、
アメリカ人のマシュー・カルブレース・ペリーが
日本を訪れることになったのです。

日本の近代は、欧州人たちの「欲望」に
基づく経済に振り回された歴史なのでございます。

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