5月15日にお寺で開かれる施餓鬼会に仕事で出られないので、雨が降っていたが、施餓鬼のお金を払いに行った。
昼食は、CoCo壱番屋で食べて帰宅。
雨の為、テニスの練習は中止になり、家でテレビを観ていた。
せっかくの休みに雨が降ると、退屈。
今日は、ファティマの予言から100年
ファティマ第三の予言とは何かについて話をしましょう。
ファティマはポルトガルにある小さな町で、カトリック教会が『聖母降臨の場所』として認めている場所です。
今からちょうど100年前の1917年5月13日、ファティマに住む3人の子供(ルシア、フランシスコ、ジャシンタ)の前に聖母マリアが現れ、それから10月までの毎月13日に彼らに送ったメッセージは、予言として様々な出来事を言い当てたのです。聖母マリアのメッセージには、第一次世界大戦が終わる時期や、第二次世界大戦の始まりを予言したものがあり、その中でひとつ、ルシアにだけ伝えた秘密の予言があったのです。
それがいわゆる『ファティマ第三の予言』と呼ばれるもので、聖母マリアはルシアに「それは決して他言せず、1960年に公表するように」と伝えました。そして1960年、ルシアはローマ教皇庁にだけに第三の予言の内容を伝え、他には公にすることなく2005年2月13日に他界することとなりました。
1960年に伝えられた『ファティマ第三の予言』とは一体何だったのでしょうか?
当時、ローマ教皇庁のトップだったローマ教皇ヨハネ23世は、ルシアから伝えられた予言の内容に言葉を失ったと言います。そこで公表されるはずだったファティマ第三の予言は再度封印されることになり、以後40年間、聖母マリアが伝えた最後の言葉は隠し続けられることとなったのですが、これがきっかけで1981年5月2日に「ファティマ第三の秘密を公開せよ!」という要求でアイルランド航空164便がハイジャック事件が起き、さらに同年5月13日にローマ教皇暗殺未遂事件が起こっています。
神である聖母マリアが伝えた言葉を封印・管理すことは、それを信仰する者たちにとっては許されざる行為に映ったのかもしれません。再び封印してしまうほどのファティマ第三の予言だったのですが、2000年にその内容が公開されることとなりました。
その内容というのが、『実は1981年5月13日に起きたローマ教皇暗殺未遂事件のことだった』と言うのです。
しかし・・・・?
1917年5月13日にファティマに出現した聖母マリアがルシアにだけ伝えた秘密『ファティマ第三の予言』が、『ローマ教皇(ヨハネ・パウロ二世)殺人未遂事件』だったことは嘘の内容だと言われています。
それもそのはず。ローマ・バチカンにある教皇庁が2000年に発表した予言の内容について、その真実を誰よりも知っているルシア自身が「バチカンは嘘をついている」と発言したからです。
『じゃあいっその事、ルシアが公表しちゃえばいいじゃん』と思うかもしれませんが、ルシアは1960年にローマ教皇(ローマ方法)伝えた内容を他言できない約束なので、否定するくらいしかできません。ただ、教皇庁が伝えたファティマ第三の予言は嘘で、真実は別にあると考えられているのです。
その後、2005年2月13日に真実を知るルシアが亡くなり、いまだに真実がわからない『ファティマ第三の予言』だけが現代も独り歩きしているということですね
勘のいい人なら、2017年5月13日から10月13日が何を指すのかおわかりかと思いますが、これはちょうど100年前にポルトガルのファティマに聖母マリアが降臨した期間になっています。
じゃあ、なんでそれが戦争や第三次世界大戦が起きるなんて予言になってるのかがよくわかりません。
『誰だ?ファティマ第三の予言に尾ひれはひれくっつけてんのは!』と思ったら、…居ました。世界的に知る人ぞ知る預言者・ホラシオ・ヴィガレス氏がその人でした。
ホラシオ・ヴィガレス氏は、トランプ大統領の誕生やアメリカのシリア攻撃などを予言したとして、今一番ホットな預言者として世界中から注目が集まっているのです。そして、「聖母マリアがファティマに降臨してから100周年にあたる年の5月13日、第三次世界大戦が勃発する」と予言しているのです。
ログインしてコメントを確認・投稿する