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2017年03月03日00:26

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移民政策のトリレンマ

「外国移民受入、安全な国家、国民の自由の三つは、
同時に二つまでしか成立させることができない」
という、移民政策のトリレンマについて解説しました。

それでは、なぜ上記のトリレンマが成立するのでしょう。
外国移民を大量に受け入れながら、安全で自由な国家を
維持することが「できない」のは、なぜなのでしょうか。

安全な国家や、国民の自由が、「何」に基づいて
成立しているかについて考えれば理解できます。

安全な国家を維持するためには、警察や消防、
軍隊(日本でいえば自衛隊)が安全サービスを
国民に提供しなければなりません。

実感していないでしょうが、実は我々は日常的に警察官や
消防官、自衛官が提供する安全サービスを「消費」しているのです。

もし、この種のサービスがなければ、我々は、
「誰も犯罪から守ってくれない。火事が起きても、
 消化されない。外国の軍隊に蹂躙される」
国家で暮らす羽目になり、安全な国家は崩壊します。

我々は、意識はしていませんが、実は警察、消防、
自衛隊が安全サービスを提供し、そのコストを
負担することを認めています(これが、税金)。

なぜなのでしょう。

あるいは、国民の自由。

政治学において、自由とは選択の自由を意味します。
我々は、日本国において自分の人生を自由に選択することができます。

また、政治的な自由と言えば、要するに民主主義ですが、
我々は一票を投じることで、自由に政治家を選ぶことが可能です。
もちろん、自ら立候補し、政治家になっても構いません。

さて、警察などの安全サービスのコストを負担すること。
日本国で人生を自由に選択できること。そして政治的な自由。
この三つのバックボーンとなっている思想は、何でしょうか。

答えは、ナショナリズム(国民意識)です。

我々が(無意識的にも)警察などが提供する安全
サービスの費用を負担するのは、同じ国民だからです。

警察、消防、自衛隊の費用を負担しても、
一生に一度もお世話になることがないかも知れません。

それでも、同じ国民として「いざ」という時のために、
コストを負担し合うのです。これは、社会保障
(健康保険など)にも通じる同じ考え方ですね。
国民の安全も、社会保障も、ナショナリズムに基づき、
人々が「同じ国民として負担を分かち合う」
というコンセンサスがなければ、成立しないのです。

さらに、日本国内において、我々の選択の自由が大きいのは、
日本語で生活が可能なためです。日本のナショナリズムが崩壊し、
言語が分裂すると、日本国内で生きることは苦行になっていきます。

現在、グローバリズム的な発想から「英語を学ぼう」という
風潮が流行っていますが、その顛末は予想がつきます。

日本人が相変わらず、英語がちっとも上手くならないか、
もしくは一部の「英語を話すエリート層」と、
一般国民とに、国民の階級が分かれていくことになります。

さらに、民主主義で自由に政治家を選ぶとは、
「自らが投票した候補者が当選しなかった」
という現実を受け止めることでもあります。

ナショナリズムなしで、投票結果を
「民主主義だから・・・」
と受け入れることはできません。

ナショナリズムが崩壊し、内乱が頻発する国において、
「民主主義」がほとんど効力を持たないのは、自明の理です。

というわけで、安全な国家と国民の自由を成立させるためには、
基盤としてナショナリズムが必要なのです。

外国移民の増加は、当たり前ですがグローバリズム的、
あるいは反ナショナリズム的な現象になります。

移民受入によりナショナリズムが脅かされるが故に、
安全な国家、国民の自由のどちらかを
諦めざるを得なくなってしまうのです。

ご納得いただけたでしょうか
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