Amazonにも小スキピオがいると私は思います。その声を聞きたい。
ところで、ヒトの手を離れて管理するほうが優れているに決まっていますよね。機械にできないことなどありません。
というより、ヒトも有機物でできたマシンですから、より上位の機械がすべてで上回るのは子どもでもわかる道理。
最後に残されるヒトの仕事はヒトという枠組みの中に生きるしかない同類を理解・共感する仕事。文学や音楽や絵画といった分野、また教育の仕事はヒトじゃないとできない部分でしょうね。
やっと注文ボタンまで来ましたね。自動補充まで来ましたね。
進むほかありません。決して二度と後ろに戻ることはない。
「私たちはペットじゃない」「動物園の動物のようだ」「言い知れぬ不安」という意見が世間で増えるタイミングはいつなのでしょうか?
必ず一時的に(数十年間)増えると予測しています。いつまでかというと、ヒトだけで全部やっていた世代がみな去っていなくなるまで。そこでパラダイムシフトが完了。
そのときまで私の寿命が届かないとは思うのですが。それでも予測して、当たるか外れるかどちらかに収束すると想像することは楽しいなあ。
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■アマゾンが「注文ボタン」発売 押すと日用品をお届け
(朝日新聞デジタル - 12月05日 11:53)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4326288
ネット通販大手アマゾンジャパンは5日、わざわざサイトで目当ての商品を探さなくても、一押しで特定の日用品を注文できる端末「ダッシュボタン」を発売した。利用者が洗剤やシリアル、トイレットペーパーの保管場所近くに置いて、少なくなった時にボタンを押すだけで注文され、商品が届く仕組みだ。
有料サービス「プライム」会員向け。無線LAN環境が条件となる。ボタン端末は商品ごとで、まず41種類を用意した。価格は税込み500円だが、初回の注文額から同額が引かれ、実質無料だ。
注文内容はスマートフォンのアマゾンのアプリに通知され、キャンセル可能。米国では、注文の半分以上がダッシュボタン経由になった商品もあるという。メーカー側には、自社商品を定期的に買ってもらえるメリットもある。
さらに商品の備蓄が減ったことを感知して自動で注文する「補充」サービスも始めた。今後、アイリスオーヤマ、エレコム、シャープ、船井電機、三菱レイヨン・クリンスイなどが対応機器を出す。先行する米国では、インクカートリッジを自動発注するプリンターなどがある。(福田直之)
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(超耳)
もし進歩が私なんかが考えるよりずっと早ければ助かります。
突き詰めた想像をちょっと書いておきますね。
私たちを情報化することができれば、ありとあらゆる問題がぐっと解決に近づきます。不老不死もラクラク完了。恒星間航行も電波とか光子とか呼ばれる宇宙船に乗り込んでササっと可能。
私たちの妖怪化、オバケ化でなんでもできちゃう。学校も試験もなんにもないし死なないし病気もない。
そうなると食事もほぼいらないんでAmazonもいらないんですけどね。
ほとんどすべての技術も産業も、最後には自分を食べ尽くして不要になるゴールにたどり着く定めなんだと思います。
大型百貨店を始めとする既存の流通システムが滅ぶことでしょう。
ヒトがエネルギーと時間という貴重なものを使って店舗に足を運ぶ旧来の仕組みはたぶん滅ぶほかない。
今もうその過程に入っていると感じます。
Amazonの小スキピオは「この今、わたしの胸を占めているのは勝者の喜び ではない。いつかはわがAmazonも、これと同じときを迎えるであろうという哀感なのだ」と悲しんでいるでしょうか。
(小スキピオ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%94%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A8%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8C%E3%82%B9
http://meigen.keiziban-jp.com/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E)
きっとそうだろうなと思います。私たちはちゃんと歴史を教わっています。スキピオから2100年以上もの未来世界に生きているすごい未来人たちですもんね。
フジリューの短編でなんでもクラウドに尋ねないと判断できない未来人の話(漫画)があったと思います。わりといい感じの予言の書だったなと思うのです。今でももう、なんでもネットに聞かないと意見を持てない個体が見受けられますよね。昔から意見を剽窃して自分の意見であるかのように言うのはいたんだけれど、ソースへのアクセスが難しかった。今はハードルがだいぶ下がりました。
「Google、あのワンワン吠える動物はなんていうの?」
「Amazon、私は明日どんな食事をとればいいの?」
こんなふうに書くと漫画みたいですよね。まだ今は。
いつか漫画みたいなヒト種があふれかえるんでしょう。
私たちは、いつでもヒト自身で判断する主体の座を取り戻すことができます。面倒で、苦痛で、後悔をときに伴うことなんですけれどね。でもそれが生きている味なんですよね。面倒さも苦痛も後悔もまったくない人生は味気ないってもんです。
現生人類はほぼ全員がわかっていることなんだけれど。やらざるをえないからね。
このニュースで言われているような自動化が生まれたときから行き渡っている世代は、違うのかもしれませんよね。なに一つ判断せぬペットのような動物園のような実験動物のような生を「楽だから」と選んで生きてそのまま世の中に一度も必要とされぬうちに死ぬ。またはずっと死なずに社会の(機械が運営する機械しか必要ではない)世界のお荷物として残る。
そんな話題の始まりかなー、なんて、感じます。
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