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2016年11月11日22:09

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「バスストップ」洋楽からタイトル頂き曲〜昭和歌謡曲92〜プリンセス・プリンセス

〜シェリーと言えば、尾崎?ポルナレフ?いや、やはり、、、〜

今回の昭和歌謡のテーマは、やや変則だが(もうネタが尽きているので)
洋楽と同じ題名の昭和歌謡曲。
それも、オールディズ、黄金の1960年代アメリカポップスから
取ったと思われるもの。
私が幼児〜小学生の頃の馴染んだ曲で、その時、青年だった日本人が、
‘70年に曲を作ったりプ、ロデュ―スする立場になり、
その名曲の題名をパクったというと人聞きが悪いので
「頂いた」「リスペクトして」付けた曲。

手(パー)まず、「センチメンタルジャーニー」、ドリス・デイ1945年

私もリアルタイムでは知らず、ハッキリいって
そう馴染みの曲でもないが、タイトル名は知っていた。

ムードこれの題名頂き歌謡曲は
松本伊代 1981年、作詞:湯川れい子、作曲:筒美京平。


作詞者は、洋楽の訳詞も手掛けた湯川れいこなら
当然ドリスディの元歌は知っていただろう?
伊代は知っていたかな?「伊代はまだ16だから」
知らなかったのかも知れないが。(^^:

彼女、82年度の女性新人として、非常にプッシュされていた
感があるが、いかにせん「花の82年組」と言われるほど、
他の女性アイドルも充実し過ぎていた。
この年デビューで最も成功したのは新人賞を
取れなかった中森明菜だな。
で、伊代は、いまだに「天然キャラ」でテレビで活躍しているね。

るんるん「バスストップ」ホリーズ1966年

これは、私がよく話題にする伝説の洋楽ランキング番組
「ビートポップス」(67〜69年)で聞いた。
歌詞的には、「バスストップでいつも見かける女の子と
仲良くなった」という能天気もの。
当時は歌詞の内容は知らず、アレンジがちょっと
哀愁を帯びているので失恋歌失恋かと思った。

るんるんそして同じタイトルの歌謡曲は
「バス・ストップ」平 浩 二 1972年11月
作詞:千家和也、作・編曲:葵まさひこ


♪バースをー待つ間にぃぃー泪をふくわ ♪
これは失恋歌失恋、メロディが「オンリーユー」に
似ていると言われながらも、オリコン3位まで行った。

この曲についても以前、書いたけれど、
当初、シンシアが歌う予定だったが、平の曲になり、
彼女の、73年1月の新曲が宙に浮いてしまい、
急きょ、72年暮れに発売されたアルバム「早春のハーモニ−」
の中の 「ふるさとのように」の焼き直しして「早春の港」として
発売(B面の「さかなたちはどこへ」は、そのままアルバムから持って来た)。

「早春の港」のジャケットの見開きページ映っている、停留所に
佇むシンシアの写真は、
フォト
シングル盤「バス・ストップ」用に撮影されたではないか?

また平は、この歌を渋谷駅西口のバスターミナルの風景に重ねたという。
フォト

そこは私が小学校の頃から、渋谷に行った帰りに利用していたバス停。
西口からは東急、小田急の私鉄バスが世田谷区方面、
成城とか祖師谷大蔵、調布に行く。
かたや、東口は、都営バスが六本木、新橋、東京駅と言う都会に
向けて発進していた。

ムード「ハローグッドバイ(グッバイ)」
元タイトルは、1967年11月にビートルズがリリースした曲。
「ハローグッドバイ」と「ド」が入る。
♪僕が「イエス」と言うと、彼女は「ノー」と言う。
僕が「高い」と言うと、彼女は「低い」と言う。
僕が「ハロー」と言うと、彼女は「グッバイ」と言う♪
という意見が合わないカップルを歌った物。これも「ビートポップス」で聞いた。

これの同タイトル、正確にいうと「「ハローグッバイ」
で微妙に変えているが、
喜多条忠作詞、小泉まさみ作曲で、
最初、アグネス・チャンのシングル「冬の日の帰り道」
(1975年12月発売)のB面曲として発表されたが、
‘81年10月に柏原よしえがカバーしてヒットさせている。
この歌詞、無理やり「ハロー」と「グッバイ」の言葉を入れている感もある。

喜多条忠も‘47年生まれだから、ビートルズの「「ハローグッドバイ」
は意識下にあっただろうね。
柏原よしえは、1965年生まれでデビューは早かったが、松本伊代と同じ年。

ムード「シュガータウンは恋の町ナンシーシナトラ1966年

これもビートポップスで聞いたと思う。
そして後年、A面が「サマーワイン」、B面がこの曲のEPを
高校生の時に買った。

そして、もろ同じタイトルではないが、ユーミンのアルバム(DA・DI・DA85年)
に「SUGAR TOWNはさよならの町」という曲が入っていて嬉しくなった。
まぁユーミンは「SUGAR TOWNを雪の町」として表現しているが。
彼女も小学校〜中学時代にアメリカポップスにハマった世代だろうね。
だから彼女の曲を聞くと
なにか懐かしいモノを感じるんだ。

るんるんザ・シャネルズのデビュー曲は「ランナウエー」
80年で、この曲の作詞も前述の湯川れい子だが
アメリカのシンガーソングライターデル・シャノンの曲にも
「ランナウエーRunaway (1961)」がある。

ただ、この曲は日本発売時には、邦題「悲しき街角」と付けられた。

それに、このランナウエーは、
「彼女は僕の元から去って行った(ランナウエー)」
という情けないもの。あせあせ

むしろ、シャネルズの「ランナウエー」は
歌詞的には、デル・シャノンの「Keep Searchin」
邦題「太陽を探せ」(1964)に近い。
「二人だけの世界に行こう」「二人だけの世界を探そう」
という関係で。
「太陽を探せ」のEPは、姉が持っていたよ。

私の家では、1965年頃にステレオを買って、
それから当時高校生の姉が、昔聞いていた
アメリカポップスにレコードをずいぶん買い込んでいた。
それを小学生の私が聞いていたわけだ。

シャネルズのリーダー鈴木雅之とボーカルの4人は、
私と同学年(‘56年生まれ)だがデル・シャノンを知っていたかな?

高級ブランドのシャネルをグループ名にしたが、後でクレームが付いて
後に「ラッツ&スター」に変更になったのは有名な話。

位置情報えっ、そうなの?大人になってから気づいた「勘違い」エピソード
>シャネルは全部100万円だと思ってた
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=176&from=diary&id=4288834

乙女座「シェリー」フォーシーズンス1962年
ビートルズよりも以前に最も人気のあったロック・バンドと
言われてるがこれ「ロック」じゃないだろ?
このレコードも姉が買っていた。


乙女座「シェリーにくちづけ」1971年、これは私が買った。



手(パー)で、尾崎豊の曲にも「シェリー」があるが、
これは関連性がないと思う。(^^:
1974年デビューの日仏ハーフのアイドル歌手シェリーも関係ないだろう。
フォト
今、シェリーと言えばこの人
フォト

手(パー)あと、題名ではないが、昭和の終わりから平成に掛けて、
「プリンセス・プリンセス」という女性だけのロックバンドがあったが、
これは、1963年日本発売、アメリカのジョニー・テイロットソン
という歌手の曲名でもある。


いやあ、、これも姉ちゃんが持っていたよ。
前述のフォーシンズンスの「シェリー」と同様、
こういう能天気に明るいアメリカポップス好きなんだよなぁ。

で、この「「プリンセス・プリンセス」の名づけたのは、
1949年生まれの岡田 徹とはさもありなんだな。

目平成に入るけれど91年に
「「Choo Choo TRAIN」とかいう曲がリリースされたと聞いて
ニール・セダカの「恋の片道切符」1960年を思い出した。
http://www.magictrain.biz/wp/?p=17178
日本では、平尾昌晃がカバーしていたよ。

森高千里の「風に吹かれて」も、
同名の曲がボブ・ディランにあるけれど
彼女としては、ちょっと聞いたことがある程度のフレーズだろうな。







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