AEDを用いての救命が危機?
皆さんは、倒れた人を見て「助けなくては!」と思うか?
或は、余計なことをすべきでは無いと傍観者になるか?
もしも貴方が勇気を持って助けてあげようとした行為に対し、
事後に訴訟を起こされるとしたら、それでも「訴訟覚悟」で救命行為を行いますか?
躊躇しませんか?
今千葉県議会にAEDをもっと普及しようとの発議が出る予定だ。
一見、私が今まで活動してきたことと同じようですが
内容的に疑問があり反対をします。
その疑問とは「善きサマリア人の法」に反する事です。
この法を 簡略的に言うと「善意で行った行為に対し、
その結果は責任を問われない」と言う事だ。
2004年8月末に起こった少年野球の試合での死亡事故を受けて
私はAEDの重要性を学び今に至る。
もうあの悲劇から12年以上が経った。
救命行為は「善きサマリヤ人の法や民法第698条の緊急事務管理
に関する規定で損害を賠償する責任を負わない。勇気を持って
AEDを使ってください」と教えられた。
その後、私も講演を頼まれると同じ説明をしてきた。
ところが今回の発議案では「救命行為に対し訴訟を前提にした
」とも捉えられる内容の文言が有る。
これでは安心して救命行為を行えない。
ただでさえリスクを伴う救命行為に対し
今迄の概念に反して「訴訟を前提にした不安」を抱えた中での
AEDとCPRを積極的に行えるだろうか?
AEDの普及にブレーキになると思うので反対をします。
皆さんはどう考えますか?
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