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2016年09月21日05:59

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「 取り戻せないもの 」について


自宅も実家も全壊流出の状態で
身の回りの様々なものが無くなり
取り戻せないものが沢山あります
 
「 取り戻せないもの 」について
 
津波によって様々な物が無くなりました
しかし 当時の私は
遺体安置所で 亡くなった祖母と対面した後
いくら探しても見つからない母を探すことに必死で
人の心など忘れて歩き回っていましたから
自分の身の回りにあったものを
すべて失ったという状況であっても
それを悔やんでいる暇はありませんでした
 
母が見つかったとき
遺体の取り違えがあったため
警察の方にDNA鑑定をお願いしましたが
既に先方で火葬された後だということで
DNA鑑定が出来ない状態だといわれました
「 じゃあ どうやって
  私のお母さんだって証明したらいいんですか!! 」
そう尋ねると
「 お母さんの生前の写真を
  あるだけ持ってきてください 写真で鑑定します 」
警察の方からそういわれました
 
しかし雄勝にあった自宅も実家も
津波によって全壊流出しています
母の写真どころか 
避難するときに身に着けていたもの以外何もないのです
その時に 自分がすべて失っているのだということを
痛いほど思い知らされました
 
幸い 私たちを避難させてくれた叔父が
親戚中に電話をして 
生前の母の写真をかき集めてくれたので
その写真をもとに調べてもらい
私のもとに母は帰ってきました
帰ってきてくれたのでそれでよいと思いました
 
そこまでが私の精一杯
悲しいという感情がこんなにも複雑だとは
考えもしなかったのです
 
母が私の元に戻って 
今度は生活を立て直さなければいけない状況です
直ぐにあれがない これがない が始まりました
 
生活に必要なものは 手持ちのお金で買い集め
何とか借り上げ住宅で生活ができるようにし
普段の生活を取り戻そうとしましたが
お金では取り戻せなかったものが
あまりにも大きすぎました
 
思い出の写真もビデオも
子供が生まれた時の写真も
母と祖母の写真もなくなってしまいましたが
それでも 
今を生きていられる私たちは幸せです
こうして 息をすることができ 時の流れを感じ 
そこに身を置くことが出来るのです
 
誰もが命は大切だといいます
それを当たり前だといいます
しかし
幸せな毎日の中で感じる命の大切さと
喪ってしまってから気づく命の重さは違うのかもしれません
 
とても優しくて芯の強い母でした
何でも話せる人でした
いつも人の身になって考えることを教えてくれました
女性として母として一番尊敬する人でした
 
私の母は 最後に人生の厳しさを
無言で教えていきました
 

被災した人間の気持ちの一端です
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