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2016年09月10日10:55

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「 あらためて感じたこと 」について

災害で家を失ったとたんに
生活が一変します
 
「 あらためて感じたこと 」について
 
私達は東日本大震災の津波によって
雄勝町の山の上にある火葬場に避難しました
 
その時点から様々な生活用品を手にするまで
通常通りの生活が出来ませんでした
 
ご飯が食べれなくなることや
トイレにも困るだろうということは
誰にでも考えられるものだと思いますが
出来なくなって初めて
( ああ そういうことなんだなぁ )と
あらためて気づかされることが多くありました
 
歯ブラシなど持っていませんでしたから
歯磨きが出来ません
震災直後 
歯磨きすらできないという現実に
これからの避難生活の厳しさを
目の前に突き付けられる思いでした
 
眼鏡を持っていませんでしたから
コンタクトレンズを外すことが出来ません
いったん外してしまえば
洗ってまた使える状況ではありません
余震と津波が収まらない状態で
周りの様子が見えないということは
次の避難を考えても とても不安なことでした
 
着ている服も 物資を手元に届けて頂けるまで
同じものを着っぱなしです
もちろん 下着の替えも
靴下の替えもありません
気持ち悪い 不潔で嫌だと思われるでしょう
でも当時の私達は 汚いという事よりも
寒さをしのぐことの方が重要だったので
着替えもしていない服の上に
さらに何か羽織るものが欲しかったのです
 
もちろんお風呂にも入れません
シャワーも出来ません
みんなが同じ状況で生きていましたから
そんなことは大した問題には感じませんでした
これからの生活を送る住居を確保することの方が
大問題だったのです
 
通常であれば 主婦の方々は
家族のためにご飯を作り
汚れた服を洗濯して清潔に保ち
住んでいる家を掃除する
そのように日々を過ごすことが出来ますが
 
一旦大きな災害が自分の身に降りかかると
家族のために今までしてきたことが
目の前から突然消えてしまいます
周りにいる自分と同じように被災した方たちと
協力して動けるようになるまでは
何から手を付けるのが正しいのか
そこから考え始めなければなりません
 
疲れて一人になりたいと思っても
そのスペースがありませんでした
自分の今置かれた状況を落ち着いて考えようとしても
私の周りにはいつも誰か人がいました
しかし今考えると それはとても有り難いことで
誰かが常に周りにいたことで
自分の心と命を保つことが出来たのです
 
最近のことになりますが 
私と同じような条件で被災された方に
「 震災当時 お腹はすきましたか? 」と質問すると
皆さんが口をそろえたように
「 すかなかったよね それどころではなかった 」
「 水は飲みたかったけど 
     食べたいとは思わなかったよね 」
そうおっしゃいます
私も当時 食料を分けて頂きましたが
まるで空腹を感じなかったので
ほとんど自分の子供たちに食べさせていましたから
必要最低限で生きるためのスイッチでも入ったかのように
震災前に想像していた空腹というものを感じませんでした 
 
このほかにも実際自分が被災して
あらためて考えさせられることが沢山あります
私の体験はたった一人分ですが
被災された方々全てに それぞれの体験があります
そのうちのどれが皆さんの参考になるかわかりませんが
より多くの実体験を聞くことで 
被災した場合の事前の心構えに繋がるのではないでしょうか
 
被災した人間の気持ちの一端です
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