『パンがなければお菓子を食べれば良いではないか』
〜マリー・アントワネット〜
けだし、名言である。
この言葉の意味には、複数の解釈があるという。
そもそも、マリー・アントワネットが言ったかどうかも怪しいという話だが、
まあ、誰が言ったのでもいいや。
昨日・今日と、快晴の休日であったのに、ほとんど外出をせずにエアコン
の効いた部屋の中で過ごした。 最低でも週1回はしようと自分に課して
いるジョギングすらもしていなくて、ひたすらゴロゴロしている。
ご飯とおやつだけは欠かさず食べているから、きっと体重計に乗ると
先週末比で+2キロはカウントすると思われる。
丸2日間でしたことと言えば、惰眠と読書に加え、ネットサーフィン。
平日はなかなかできない「だらだらネット」で、mixiに書かれている他人
の日記などを見に行っていた。
mixiは出会い系ではないと言うけれど、コミュニティを細かく見てみると
けっこう直接的に「恋人募集」というように記載している書き込みも多くある。
例えばこうだ。
「札幌在住の25歳です。彼氏がいないので暇してます。誰か遊んでください。」
しかも、可愛い笑顔のピチピチギャルの写メが添えられていたりもする。
「なるほど、彼女には今、彼氏がいないのか、寂しいから遊んで欲しいのか、
よしよし、それならオジサンが早速遊んであげよう・・・」という私のごくごく
個人的な欲望はさておいて、マリー・アントワネットに話は戻る。
「彼氏がいなければ、彼女と遊べば良いではないか」
そういう発想にはならないのだろうか。
彼女は同性の子と遊ぶのでは、ダメなのかな。 彼氏じゃないと?
兄弟姉妹でも、同僚でも、親でも、誰と遊ぶのでも良いではないか。
彼氏じゃないとダメなんですか? ←蓮舫の「2位じゃダメなんですか」風に読む
うん、ダメなんだろうなー、彼じゃないと。
きっと、彼女じゃだめなんだよ。 彼じゃないと。
少し話が飛ぶ。
「親友はいますか?」
私、いない。 少なくとも同性では、いない。
異性では、好きな人はいるが、親友というのとは少し違う気がする。
私の中での親友の定義は、『真夜中に急に電話が出来る相手・来る相手』だ。
自分にイヤなことがあった時、相手に話したいことがあった時、真夜中で
非常識な時間帯であっても、迷わず電話して愚痴を聞いてもらったり、聞いたり、
相談したり、されたり、普通にするのが親友。
少なくとも毎日連絡しているから親友、ではない。 たとえ1年や2年、間が
空いていても、真夜中に急に電話できるかどうか。 できるなら親友。
自身の定義に当てはめた場合、私に親友はいない。
先の彼女に(性別問わず)親友がいれば、きっと、彼氏がいなくてもいいのにな。
彼氏も親友もいないとして、他に求めるものはなんだろう。
一人遊びが上手なら、彼も親友も不要か。 打ち込める趣味や対象があって、
それに向かっていれば、人間関係を求めなくても生きていける。
でも彼女にはそれもないのだろう。
だからmixiを介してでも、出会いを求めている。
良い時代なのかも知れない。
私が若い頃にはインターネットは普及していなかったので、ネットで恋人探しを
することなんてあり得なかった。 学校や職場、街に出るしかなかった。
今は在宅で恋人探しだよ? 何だか、幸せじゃないか。 あれ? 幸せか?
でも選択肢が増えたってのは、いいよな。
これから老人になっていって、出会いの場は、病院の待合室やカルチャースクール
の教室、飲み屋の隣席あたりに変わっていくだろう。
パンを食べよう。 お菓子も食べよう。 ハムサラダも付いていたら最高だね。
その頃、mixiで出会った人たちと親友になれていたら、いいな。
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