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2016年06月17日23:51

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報道

政治資金をめぐる一連の問題で辞職する東京都の舛添要一知事に対して「今回は報道が頑張った」という声が当の報道界から出ているそうです。確かにきっかけは、週刊文春によるスクープでした。しかし、過熱する一方の報道を目にしながら、言いようのない違和感を抱いた人も多かったのではないでしょうか。

舛添氏の政治資金をめぐる問題に火を付けたのは、週刊文春の5月5日・12日合併号(4月27日発売)でした。『告発スクープ 舛添知事 「公用車」で毎週末「温泉地別荘」通い』。そして、5月11日発売の5月19日号では、「舛添都知事に政治資金規制法違反の重大疑惑!」とたたみ掛けました。舛添氏は第2弾が出た直後の定例記者会見で釈明に追われ、説明の度に疑惑が増すという循環に陥ってしまいました。

甘利明・前経済再生担当相の“口利き疑惑”をはじめ、週刊文春は最近、政界からみのスクープを立て続けに掲載しています。その連続に溜飲を下げた人も多いことでしょう。なぜ、週刊文春ばかりがこうしたスクープを連発できるのでしょうか。逆に言うと、どうして新聞からこの種のスクープが影を潜めたのでしょうか。

週刊文春の新谷学編集長は今年3月、インターネットメディアのインタビューに応じ、「いまのメディアは、批判をされない、安全なネタばかり報じる傾向が強まっているように思います。評価が定まったものに対しては『悪い』『けしからん』と叩きますが、定まっていないものは扱いたがらない」と語りました。新谷氏のこの言葉は、新聞やテレビの“ダメさ加減”を的確に言い当てています。つまり、既存の大マスコミがリスクを取らなくなった、ということです。

かつては、新聞報道が「政界疑獄」のきっかけを作ったことがありました。竹下登内閣を崩壊に追い込んだ朝日新聞の「リクルート疑惑報道」(1988年)はその最たる実例でしょう。こうした取材・報道は「調査報道」と呼ばれますが、調査報道には時間も経費もかかります。成功するかどうかも途中では分かりません。週刊文春も甘利氏の疑惑では、1年もの時間を費やして取材し、確たる証拠を握るまで報道しなかったそうです。

 しかし本来、人も資金も潤沢に有しているはずの新聞・テレビは最近、失敗を恐れ、ほとんどリスクを取らなくなりました。理由は二つあります。一つは部数減や広告収入の減少などにより、新聞・テレビの経営環境が急速に悪化していること。特に、かろうじて調査報道を支えてきた新聞の凋落ぶりは著しく、全国の日刊紙は1年間で合計100万部前後も部数を落としています。こうなると、会社は、金のかかる調査報道の比重を落とし、危ない橋を渡ることを避けようとします。経営上、リスクを取らなくなるわけです。

 特別報道部を作り、鳴り物入りで調査報道を進めていた朝日新聞も、福島第一原発事故の「吉田調書」問題をめぐる失敗をきっかけとして、特別報道部の体制を事実上、縮小してしまいました。これも“失敗”に懲りて、リスクを取ることを恐れた一例と言えます。
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