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2016年06月02日20:45

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「 語り継ぐこと 」について

この写真は
私に津波の恐ろしさを教え続けてくれた 祖母が
( ひ孫がいたので ぴいちゃんと呼んでいました )
当時入院していた雄勝病院三階 病室の枕元に残された
震災当日 地震が来る前のメモ書きです

「 語り継ぐこと 」について

私の祖母は津波の経験者でした
ですから それはもう何度も何度も
口を酸っぱくして津波の恐ろしさを話していました
私が物心をついた頃から
茶飲み話のついでに 何百回と聞かされ
「 はいはい もう分がってから 」と言うぐらいに
飽きるほど聞かされていました

「 麻紀 いいが 津波つぅのはな うんとおっかねんだど
 沖の方さな 海の水 ざーっと引いで行って
 海の水みんなねぐなんだ
 海のそご見えんだがらな 
 海のそご見えで
 さがなっこ ぴつぴつ跳ねんだがらな
 おめぇ そいづ 
 おもしぇがって 取りさなんて行ったら 
 わがんねんだがらな
 そいなごどすたら いのづ取らいんだがらな 
 ぜってぇ 行ってわがんねど 」

※ 麻紀 いいか 津波というものは とても恐ろしいんだよ
 沖のほうに 海の水がザーッと引いて行って
 海の水がみんななくなるんだよ
 海の底が見えるんだよ
 海の底が見えて (取り残された)魚がぴちぴち跳ねるんだからね
 お前 それを
 面白がって取りに行ってはダメだぞ
 そんなことをしたら 命を取られるんだからな
 絶対に行ってはダメだぞ


そしてその後に
「 いいが 山さ逃げんだど 」と
きつく言い聞かされていました

その話が 自分でも気づかないうちに
私の一部になっていたのでしょうか
あの日 近くの鉄筋建ての建物ではなく
雪でぬかるんでいた山に必死で登ることができました

震災の日 まぐれで残された私達の命

津波の恐ろしさを伝えてくれたのに 
亡くなってしまったぴいちゃん

津波のあった3月11日

普段はかけ離れている生と死が
真っ平らに並んでいたのです

ぴいちゃん おら代わりにしゃべっからね
見ででけろよ

被災した人間の気持ちの一端ですが
シェアしてくださる方がいらっしゃいましたら
ご自由にお願いいたします

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