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2016年04月23日17:02

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阿蘇のあたりの昔話でも。

阿蘇山、本震で20センチ沈む
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3960570

古代日本の神話というと、例えば神武天皇の東征が有名ですね。
伝説によると、彼は宮崎県を出発し、瀬戸内海を通って関西地方へ進出、
一度敗戦し、和歌山県から奈良に入る迂回ルートで勝利を収めた話が有名です。

この時、彼は宮崎から一度大分に寄り、宇佐神社で出発報告をした後、
天照大神にも報告をした上で旅立っています。
また、知られてはいませんが、彼は四男であり、三男の兄と一緒に東征に向かいます。

このころ、鹿児島には別勢力がいたと考えられ、神武天皇がいたのはその最前線基地への支援基地あたりだと考えるのが妥当でしょう。
一応は名門の出でですから、ボンボン息子が箔をつけるために重要ではない地方に出る、というのはよくある話。
鹿児島は魏志倭人伝にいうクヤ国、クマソ(熊襲)の国で、
若干民族も違っていた(今でも鹿児島の人は風貌でわかると言われます)そうです。
勇猛果敢な人々であったのは間違い無く、
クマンバチ(くまばち・スズメバチ)という言い方や、クマという呼称は、
彼らに由来する(もしくは熊襲の名前がクマに由来する)と言われています。

しかし、鹿児島はもう地の果てでその先はなく、
国内物流の中心は瀬戸内海、国際物流の中心は北九州ですから、神武天皇がいた宮崎県は、メインルートからは外れていました。
現代の軍事・経済の視点で見れば、群雄割拠していた瀬戸内海を飛び越えて、
東端を抑えることで利権を一気に手中に収める、という戦略だったと思われます。
そこに、イマイチうだつが上がらない三男坊&四男坊が、出世のチャンスとばかりに手を挙げた、
というのは面白い推理ではないでしょうか。

さて、神武天皇は、東征に先立ち、一度大分に立ち寄って宇佐神社に出征の祈願を行い、
さらに天照大神に挨拶をしてから出征します。
実は、天照大神は卑弥呼と同一ではないか、と言われる神様なのですが、
(しかし、それが後世の後付けという説もあります)
面白いことに、大分から少し内陸に居を構えていて、これは魏志倭人伝に記された邪馬台国の位置と、
それほど矛盾しない距離感に収まります。
日本書紀などではさらっと書かれていますが、これは大分のあたりに、彼らの文化の中心地があり、
偉い人はそこにいたのではないかと推測できます。

この卑弥呼、これは中国がした当て字であり、実際は日の巫女(太陽の巫女、天照大神)という説や、
火の皇女(火の国=肥の国つまり肥前・肥後)の王女という説もあります。
当時は一族の長の娘は神事に携わっていたとされ、皇女・御子など、様々な字を当てて「みこ」と呼びます。
というかむしろ、一般的な「巫女」は実は当て字(当て読み?)だったりするわけです。
肥前・肥後で表される肥の国は、奈良時代に当てられた美称で、
それ以前は火の国、つまり阿蘇に象徴される火山地帯の国でした。
また、神武は「日の本の国の子である我々が、東に向かって攻めるのは非合理的だ」と東征の途中で述べるのですが、
史実だけを追えば彼らは「日向の国」(日に向かう国)から出発しており、彼らの美意識と出発地が矛盾します。
彼らの美意識は、「自分たちは東端の地(日の本)にいる」というものですから、
例えば「国東半島」のような、九州の東側の誇りを持っていたのではないかと思います。
おそらく、当時はこの辺りが九州の中心地の一つで、ゆえに「豊前豊後」の「とよの国」なのでしょう。
と、順に見ていけば、神武天皇が挨拶に寄ったのも理解ができるような気がします。
またさらに余談ですが、卑弥呼の後継者が「とよ・台(壹)与」というのが、「豊の国の皇女」であるとすれば、
非常に矛盾なく政権交代に納得できる、かもしれません。
天皇が連合国の合議による盟主である、という、世界でも稀有なシステムも、この辺りからうかがい知ることはできるわけです。


えーと、このまま話を続けるとやたらめったら長くなりますので、この辺で急旋回して、話を終わらせます。

この、邪馬台国九州説の候補として有力なこの一帯は、
実は中央構造線の一部であり、また地溝帯と呼ばれる、土地と土地が引き離されるような場所にあります。
このような場所は標高が低くなりやすく、地理的には瀬戸内海のような浅い海がドーンと横たわっていてもおかしくないような場所です。例えば、天草諸島のような、標高の高い場所だけが海から見えているような感じですね。
で、なんでそうなっていないかというと、阿蘇山がたまたま(とも言えませんが)そこにあり、
火山灰ドーーーーン!!!と、ほとんど全部埋めてしまったからです・・・。
阿蘇山・・・。

大分県あたりと、島原〜天草のあたりに断層がビビるほどたくさんあり、
今回震源があった熊本の内陸部はそれほど断層がないような図が散見されるのですが、↓
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-50-72/rokusodankyou6/folder/1466673/35/70509935/img_5_m?1460697389
これは熊本のあたりに断層が少ないわけではなく、「阿蘇山がやらかしちゃってよくわからん」のだと、
テレビで学者さんが言っていました。
阿蘇山・・・。

というわけで、断層を気にする方は3.11以降ずいぶん増えたと思うのですが、
場所によっては「○○がやらかしてよくわからん」ということもあるのだ、そうです・・・。


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