ネットでコラム記事を見つけました。
以下にメモして、思うところを。
あまり長くもありませんので、元記事をお読みいただければと思います。
http://spotlight-media.jp/article/254981994831076151?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_content=pc&utm_campaign=tw_share
スポットライトさん、記者のさくらまいさん、ありがとう。
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「譲らない精神」を持った人たちがいる!?空港でのあるお話
Column 2016.03.05
アメリカの東の玄関口であるニューヨークのJFK空港でのあるお話をご紹介します。これは、空港職員と車いすの身体障害者、そして乗客たちにまつわるお話です。世間ではまだ知られていないのですが、一部の日本人女性たちのかなり不名誉なお話になります。
(中略)
”譲らない精神”を持った日本人女性たちのとても恥ずかしい話
ある地上空港職員の話によると、日本人の特に若い女性(たまに中年の女性も)に、”譲らない精神”を持った方が多いそうだ。長い時間待たされて、やっと自分が次だという時に、”車椅子の方を先に行かせてあげて下さい”と言われると”え〜!私の後じゃいけないんですかぁ〜?”とか”信じられない!ちゃんと並んで待っていたのにぃ〜!”とか”私だって疲れているのにぃ〜!”とかぼやいて、渋い顔して、なかなか素直には譲ってくれないという。
(中略)
アメリカ人、アメリカ在住者の列ではけして起きない
車椅子の人が日本人なら、旅行者たちが並ぶ外国人専用の入国審査の列に誘導されるから、そういうことがたまにおきてしまうという。
だけど、車椅子の人がアメリカ人やアメリカ永住権を持っている人なら、アメリカ市民の入国審査の列に誘導するから、そんなことはまず起きないという。
”オフコース!プリーズ!(もちろん、どうぞ!)”とアメリカで生活している人たちは、 確実に気持ちよく、当たり前の精神で、車椅子の人に自分の番を譲るそうだ。
つまり、日本から来た旅行者の列には、”譲らない精神”をもった女性たちがたまに並んでいるということなのだ。
(中略)
自分は客よ!ってどこかで思っているから、その航空会社の地上職員は乗客たちより下のランクだと勘違いしてるのかもしれないという。
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(超耳)ツイッターで反応している方がいました。
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Yokina Volpi
@Petitpeu
日本人女性には「譲らない精神」の人が多い?アメリカの空港で起きていること
http://spotlight-media.jp/article/254981994831076151?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_content=pc&utm_campaign=tw_share … 本当にそんな人いるの?幼子同伴の人や体の不自由な人に順番譲るのなんて当然だと思う。その待ち時間なんて本の一瞬だよ、人生の。
TrinityNYC
これは、残念ながら、「まさか」とは言えない感じ。高齢の母を連れて日本で国内線の飛行機に乗ったとき、動きのトロい母を皆無視して我先にと降りていき、唯一オーストラリア人の観光客らしいひとが立ち止まり、どうぞと母を先に行かせてくれたから。
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(超耳)
「職員は乗客たちより下のランクだと勘違い」と記事にはあります。そういうところはたしかにあるのかもしれません。けれども譲らないこと自体の理由は説明できません。
個人的にはこんな理由を思いつきます。
「なぜ譲らないか?」
(1)権利意識だけ大きく義務意識が低い幼稚な人格
(2)自分を弱者クラスタに置くことで小狡く立ちまわる習性
(1)(2)は完全に独立した2つのことではなく、融合しているケースが多いでしょうね。
こういうものが完全に定着してしまっているのでは……? という疑いが私にはあります。
一年365日、愚痴をしか言わず、他人に要求ばかりしているという人は、もう第二の天性になってしまっているのかもしれません。自分より弱い立場の人への接し方を長い間経験していない人もいるのかもしれません。
もしふだんから義務意識も大きく持つような人だったら。具体的に言えば、ゴミ出しのルールなどの日常のこと一つにとっても「イヤイヤながら従う」のか「義務として納得して守る」のか、というようなこと。前者は後者と比べて幼稚です。規律を守る理由がたった一つ、世間体だけだったりするのかもしれません。誰も見ていないところではどんなに醜い所業をするのかと想像すると恐ろしい思いがします。(人が見ていないと思うと気が緩む、というのはたぶん誰にでもあります。そういうことではないのです)
自分を正当化したりゴネてちょっとでも得をしようとする人もいる気がします。手軽な手段が自分を弱者に置くことですよね。ふだんから愚痴を振りまいておけば、なにかのときにズルをして嫌な義務から逃げることができる。そういう行動原理を持つ人もいるような気がします。「愚痴を聞いてもらうとスッキリする」とよく言います。適量な使用は薬にもなるのでしょうけれど、過剰になれば毒そのもの。愚痴のタネを探すような人もいますよね。
記事内容、なぜか「日本女性」というくくりです。男性は違うの? と思うのですが。たぶん、日本人以外にもいるし男性にもいるんだと思います。まるでゼロであるかのように書かれているのは偶然を一般化する類(の誤り)だと推察します。
私が上記のように思うのは、ずうずうしい女性というのはたしかに見たことが何度もあるからです。そのセリフを思い出してみると、「私は弱者だから周りの人から配慮されるべき」という言い訳があるような気がしました。
多くのまともで義務意識のある女性には非常に迷惑な話です。
目立つからという理由で、ダメな例をあたかも全員がそうであるかのように言うのはまた誤り。気をつけたいですよね。
その上で、自分を弱者に置くことでみみっちく楽をする・得をするという性根の汚さ、心の醜さを大いに嫌いたいと思います。
ええ、男性にも見られるし、若い人にも見られますよね。
容姿が優れている(と言われることがそこそこ多い)という理由で小狡く立ちまわる人とか、自分が威張れる場だと思うと急に横柄にふるまい始める人とか、思い出したくもないけれど、いるよなあ、なんて思います。
弱者クラスタに身を置く人と同じ、みみっちい、醜い人格なんですよね、そういうのって。
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