言うなら「あなたの言っていることは一般的とは言えない。なぜなら……」式であるべきですよね。
だのに「あてはまらない例もある」ということを言う人もいるんですよねー。べつに間違っているわけでもありません。まるで無益で無意味だというだけです。貴重な1ターンを待機しているんだけれど本人はドヤ顔(ちょっと使ってみたかったスラング)でいることも多いですよね。1ターン待機のことを昔は下手の考え休むに似たり、と言ったそうですよ。
伝わりやすい言い方の条件にはシンプルであることも含まれます。齟齬が生じることは織り込み済みで伝えるのです。訂正はあとから必要な分だけすればいい。「あてはまらない例もある」は齟齬が生じそうな部分を補う意図でのみ使う価値があるでしょう。フォローというやつですね。そういう例をほとんど見ないのは残念。
ちょっと関係ないんですけれど。わりといい例が集まっているなと感じたので以下。
まとめサイトさん、ありがとう。
『学習能力を伸ばす大事な習慣って?』
http://blog.livedoor.jp/prestoo/archives/46881284.html
子どもの教育にモノ申すという人たちのコメントだけあって、いい姿勢だなーと思います。
「あてはまらない例もある」と言う意見もあったんでしょうけれど。たいがい拾う価値ないですもんね。
記事そのものは目新しさもなく、本を読まない、能動的に学ばない人向けの記事ですよね。記事タイトルと照らし合わせると非常にこっけいな気がします。
建設的だったり発展的だったりする人というのは否定ばかりではなくて肯定もできる。そして否定する場合に適切に否定できる。肯定ならばそれほど害があるわけじゃないけれど、否定というのは相手のあることだから、適切にやらないとまずいですよね。
上手のやる肯定にも否定にも、学ぶべきものはたくさんあるなあ。
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