ベッキーとゲス極マンの不倫騒ぎをずっと見ていて思ったことなんだけどね。
日本人はいつの間に、こんなに
芸能人のモラルに対して厳しくなったんだろう?
私は不倫を肯定する気は無いし(リアルに見ていると、不倫する人ってどっかだらしない人が多い気がするし…)
身近な人間ならともかく、さして知りもしない相手の不倫話なんて、話のツマ、かっこうのオシャベリのネタに過ぎないでしょ。
職場とかで不倫がらみのトラブルでもおきようもんなら、退屈な日常の一服のスパイスとばかり、みんな盛り上がるじゃん。
ましてや、芸能人。
芸能人なんて、今以上に離婚や不倫に世間の風当たりが強かった昭和の時代から、しょちゅう不倫だ何だってしてるもんじゃないの?っていう感覚があった、少なくとも昭和の頃は。
芸能界って言うのは、一般社会と比べて派手で、かなり特殊な社会だし、
そういう世界に身をおいている芸能人って言うのは、男女関係、恋愛や性に関して「お堅いモラル」と真逆な感覚持ってるんだろう。
枕営業だって、まかりとおるであろう世界だしね。
むしろ、その不道徳ですらある奔放さを含めて、華やかな芸能界ってのもが、大衆を引き寄せてるんじゃないのかなあ?
ひとつは、昭和から平成にかけて芸能人の地位(実際の社会的地位というより大衆の認知的意識においての)が上がったこともあるかもしれない。
世の中が豊かになった(特にバブル)ことも理由のひとつで、下積みの苦労話、貧困とか、わけありの生まれから、苦労を重ねて、なんてエピソードは嫌われたし
実際、貧困からの脱出として芸能界での一攫千金を夢見る人もいなかったわけではないだろうけど、それよりも中流の普通の家庭の子が、芸能界に入るのが珍しく無くなった。
「枕営業当たり前」と書いたけど、おにゃんこの時代あたりから、
「昔は清純派とか言ってても、デビューするまでにプロデューサーとか芸能プロの社長とかにやられてる」
みたいに言われたけど、もう、そんなことしてまでデビューするなら、カラオケで歌っていたほうがいい、なんて時代だろうね、なんて変化していた。
その頃からかなあ、芸能人も「普通の人」だと思われ始めたのは。
それでもさ、テレビの向こうとこっちでは、超えられない壁があった。
芸能人の発言や行動に、なんだかなあと思っても、いちいちテレビ局に電凸するのって、人によるけど、結構ハードルあるし、それやっても本人に届くかどうか、確率低いし。
でも、ネットが距離を一気に縮めてしまったよね。
今、芸能人ってブログとかツイッターとかやってるのがデフォになってる。
あれ、基本的にはファンへのお知らせとサービスなんだろうけど、あれでさ、「別世界の住民」だった芸能人が「自分と同じレベルのネット住民」って勘違いが生じちゃった。
同じレベル、どころか、一部のネット住民にとっては、俺様てき上から目線なんだよね、視聴者というお客様感覚つうの。
個人的意見だけどさ、私、芸能人はあまりブログやツイター、やらないほうが良いなと思うのよ。
売り出し中でまだマイナーなタレントさんにとっては、ファンあてに自分の情報を周知させる便利なツールなのは解るけど、それなら、いっそ事務所的な公式だけでいいんじゃない?とか。7
て、なんか、話まとまらなくなってきたけど、強引に戻せば。
そもそも、芸能人って言うのは、一般人には無い才能を持って一般常識とはちょっと異なる特殊な世界のルールで働いている人だから。
そりゃ、法律を犯したら罰せられるけど、優等生的なモラルとは反するようなことをやっていても、それも含めての「タレント性」なんじゃないかなあと。
「品行法制で面白みの無い人」じゃ、芸能界では成功しないだろうし、一般人の日常じゃちょっと眉をひそめられるような事が出来ることが、うらやましさであり、憧れでもあるみたいな。
だからさあ、一般人の常識で、不倫をけしからんと騒ぎ立てるのって、なんか違うんじゃないかなあ、とか思うのよ。
「芸能人って乱れてるのね」
位でスルーじゃアカンの?
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