日本会議のメールを転載します。
11/6は大東亜共同宣言採択の日。
人類史上初の有色人種の有色人種による有色人種のためのサミットであり、大東亜共栄圏確立こそが、大東亜戦争の目的であった。
この目的はベトナム戦争終結とASEAN設立で完遂されている。日本は戦闘で負けたが、戦争目的は達成した。日本こそが白人による有色人種の奴隷支配を打ち砕いたのだ。日本人よ、卑屈になるな!
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草莽の記より
H27-11-6
大東亜共同宣言
今日十一月六日は大東亜共同宣言が採択された記念日であります。昭和18年のこと。重光葵(まもる)外相が発案、外相と加瀬俊一氏が起草され、東條閣下の了解の下、会議に参加した各国の皆さんの全会一致で採択された宣言であります。日本の戦争目的が明示された人類史上初めての黄色人種の会議の集大成であったのです。
この会議参加者は
日本:東條英機内閣総理大臣
中華民国(南京)国民政府:汪兆銘行政院長
満州国:張景恵国務総理大臣
フィリピン共和国:ホセ・ラウレル大統領
ビルマ国:バー・モウ内閣総理大臣
タイ王国:ワンワイタヤーコーン親王(首相代理)。
インドからは、日本と協力しインド全土のイギリス(イギリス領インド帝国)からの完全独立を目指していた自由インド仮政府首班のチャンドラ・ボースの参加もありました。
皇居にて陛下に謁見された後、和気藹々と会議が進み六日にこの宣言となったものです。
大東亜共同宣言
抑々世界各國ガ各其ノ所ヲ得相扶ケテ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ世界平和確立ノ根本要義ナリ。然ルニ米英ハ自國ノ繁榮ノ爲ニハ他國家他民族ヲ抑壓シ特ニ大東亞ニ對シテハ飽クナキ侵略搾取ヲ行ヒ大東亞隷屬化ノ野望ヲ逞ウシ遂ニハ大東亞ノ安定ヲ根柢ヨリ覆サントセリ大東亞戰爭ノ原因茲ニ存ス。大東亞各國ハ相提携シテ大東亞戰爭ヲ完遂シ大東亞ヲ米英ノ桎梏ヨリ解放シテ其ノ自存自衞ヲ全ウシ左ノ綱領ニ基キ大東亞ヲ建設シ以テ世界平和ノ確立ニ寄與センコトヲ期ス。
大東亞各國ハ協同シテ大東亞ノ安定ヲ確保シ道義ニ基ク共存共榮ノ秩序ヲ建設ス大東亞各國ハ相互ニ自主獨立ヲ尊重シ互助敦睦ノ實ヲ擧ゲ大東亞ノ親和ヲ確立ス大東亞各國ハ相互ニ其ノ傳統ヲ尊重シ各民族ノ創造性ヲ伸暢シ大東亞ノ文化ヲ昂揚ス大東亞各國ハ互惠ノ下緊密ニ提携シ其ノ經濟發展ヲ圖リ大東亞ノ繁榮ヲ増進ス大東亞各國ハ萬邦トノ交誼ヲ篤ウシ人種的差別ヲ撤廢シ普ク文化ヲ交流シ進ンデ資源ヲ開放シ以テ世界ノ進運ニ貢獻ス
是こそが日本の戦争目的だったのです。
さて、少し我が国の歴史をふりかえっておきます。
日清戦争の結果我が国は遼東半島台湾を統治するようになり賠償金を手に入れた。然るにロシアはフランス・ドイツを率いて日本に遼東半島の放棄を迫った。政府は正統な戦勝の権利としてこれを拒否したかったが、いかんせんロシアを相手に戦を起こしても勝つ見込みなどなく、苦渋の決断を迫られ、これを放棄せしめられたのであります。
10年後には臥薪嘗胆の結果ロシアの覇権を打ち砕いたのでしたが、この時は国力の違いも歴然としていたわけでした。
台湾はしかし是も厄介な存在。引渡し条件として、統治された状態での台湾割譲のはずであったのですが、全くの虚偽。荒れ狂う大衆の抵抗は波ではない。しかし明治天皇の一視同仁の御姿勢に答えるべく忍耐強く統治を進めて行くのでありました。
その後、1929年には米国の経済政策の怠慢から世界恐慌が起こり、もたざる国日本は大陸に経営に全力をつくすのだった。
1931年にて満州事変が勃発。この満州には張作霖学良率いる軍閥が圧政を敷き満鉄の各駅を襲撃すること年に数百件。日本は張軍閥に対するに力を持って対峙することしかなかった。1万の兵力で住民の防御は出来ない相談だったのであります。其の直後満州国の建国となるのですが。しかし、それは台湾での粘り強き教化策同様、丁寧にこれを支援したのであります。襲われない国の成立に満蒙の人々は大いに期待し、多くの人口も流入したのです。やっと張軍閥の理不尽な弾圧がなくなった住民は夢と理想を新天地満州国に、託したのでした。
さてこの会議で満州国の総理張景恵氏は
「わたしはこの機会に10年前にわが満州国が最初の真の東亜的なる自覚を有する振興国家として建国せられたることを回顧し、深き感慨なきを得ないものであります。私もまた抑え難き熱情を持って建国に参画したのでありますが、当時満州において最も欠けて困ったものは道義に基づく政治でありました。したがって民衆は何ら理想ある目標に指導せられ組織せられることなく、国土は荒廃し、軍閥の封建政治による無秩序なる苛斂誅求が行われ、何らの自由性創造性も無き、典型的なる虐げられたる東亜の様相を呈していたのであります。」「当時の満州の支配者として人民にあくなき搾取を加えつつあった張学良軍閥が米英の東亜撹乱政策に乗ぜられて露骨なる反日態度に出たのに対し、日本が敢然起って張軍閥を打倒した結果、ここに真に国民を向上し、国土を発展せしむべき自主的なる道義国家の樹立に、三千万民衆の総意が翕然として集まったのは当然ことでした」の言葉を残しています。
そう、習近平氏が 邪悪な日本 を正義の中国が倒したなどの解釈を打ちたてようと世界に金をばら撒きながら外遊していますが、とんでもない。中国には辛亥革命がおきたとはいえ、統一できたとはとても言えず権力闘争の真っ只中。軍閥の割拠する状態だったのです。結果共産毛沢東が天下を掠め取りましたが、中国国民は弾圧と圧政に塗炭の苦しみを覚えていたのが現実。
松井大将が南京入場をして治安が成り、圧政が終了したことを中国人民は大いに喜び南京にすぐさま店が開かれた事を見ても大衆の喜びが大きかった事がわかります。
そもそも盧溝橋で戦争を仕掛けたのは共産党。大戦争へと導いたのが習氏の本家であったのですから何をか言わんです。建国以来どれだけ自国民を殺し続けたのか,胸に手を当てて振り返ってもらいたいものです。
卑劣な歴史捏造をする共産チャイナやウォーギルトインフォメーションを未だに日本人に植え付けようとする米国などにごまかされず、日本人が自ら生きてきた本来の歴史に立ち戻るべきでありましょう。
共同宣言の完全実施を成し遂げる責務は現代に生きるわれらに託されているのです。
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