男性が大人になって“よさ”がわかった「日本のもの」ランキング
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小学校高学年から中高時代、文学全集になっている古典的な「名作」を読むことを教師とかに推奨されて、その時若者に流行りの小説(コバルト文庫だったり、携帯小説だったり、ラノベだったり、時代によって変わりますが)は、否定的に評されます。
あれ、私、子供を本嫌いにする一番の原因だと思うんですね。
私は結構本好きなので、中学生の頃は一応「たけくらべ」とか「伊豆の踊り子」とか読みはしたんですが、正直、面白くなかったし、あまり印象に残っていない。
登場人物は同年代のはずなんですが、なかなかイメージできなかったんです。
理由は、時代が違う過ぎるから、単純ですが、そこです。
彼ら彼女らの暮らしている風景、それこそ着る物とか食べ物とか、周りの風景とか習慣とかが、今(その当時の)の自分とあまりにもかけ離れすぎているんですね。
そんな理由で、大人になってからは、そういう名作文学作品を読むことって殆どありませんでした。
で、最近思うんですが、あれこそ、中年以降になってから読むものだったのではないか?と思うんです。
10代の人間が10代の物語を読むのって、感覚というか「心」で読む率が高いと思うんです。自分たちに重ね合わせてというのかなあ。
けれど、50代の人間が10代の物語を読むには、どうしたって今の自分ストレートに重ね合わせるのは難しいです(^^ゞその分、自分が今まで経験してきたことを思い出したり、若い人の心理を分析しながら、頭でワンクッションおいて読まざるを得ないんですね。
で、50代の私にとっては、平成の14歳も明治の14歳も、同じくらい遠いです(^^ゞ
どうしたって
「ああ、こういう年頃のコが、こういう環境におかれたら、どう考え行動するのか?」
と考えイメージしながら読まざるを得ません。
それが、逆に言うと、自分が14歳の時にどうしても超えられなかった時代の壁を越えて、そこにある青春の普遍性みたいなものが理解できるかも知れないなあ、なんぞと思ったりします。
かつて、退屈としか感じなかった文学全集なんぞ、こんど図書館で片端から借りてみるか。
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