たまに「少子高齢社会でも内需拡大によって国体を維持できる」という話をする人もいるのですけれど。
子供が増えて構成年齢のバランスが取れた社会のほうが運営が楽だしリスクも少ないのは自明のことですよね。さすがにこれに反対する人はいないと思います。
だからもっとも利己的な人間でさえ言うと思います。
「子育て支援にはカネを使え」と。
まして心情的に言っても子供が生まれた家庭によって人生に重大なハンディを負うというのは許しがたいことです。自分の責任のないことで苦しむのはほんとうに嫌なこと。
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■貧困家庭の就学援助、27市町村が縮小 「財政厳しい」
(朝日新聞デジタル - 10月10日 17:59)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3657690
経済的に苦しい家庭の小中学生に、学用品の購入費や給食費、修学旅行費などを補助する「就学援助」の対象が今年度は、27市町村で縮小された。文部科学省が6日発表した調査結果で明らかになった。17市町だった昨年9月より多く、補助を打ち切られた子どもが増えた可能性がある。
就学援助は、生活保護世帯と、それに準じて生活が困窮している「準要保護」の子どもが対象。約151万5千人とされ、小中学生全体の15・42%を占める(2013年度)。
生活保護世帯には国が補助。準要保護については、市区町村が平均で年7万円相当を補助する。対象者は、生活保護を受ける所得基準(4人家族で年収約230万円)を使うなどして市区町村が決める。「生活保護の所得基準の1・3倍」が一例だ。文科省によると、全国の6割に当たる1067市区町村が生活保護の基準をもとにしている。
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(超耳)
>「就学援助」の対象が今年度は、27市町村で縮小された。
単純な考えで申し訳ないのですけれど。
「自治体が借金(公債発行)してでも子育て支援をするべきなのでは?」「なぜなら子供がやがて納税者になることで回収できるから」
ということを思うのです。
子供を助けないことは植物が自分の根を切るような方法ではないでしょうか。
どうか援助を受けられなくなってしまった子供が無事に自分の可能性を全うできますように。秀でた才能があるのに進学や技能習得の道が閉ざされることのありませんように。
たとえほかの子よりは狭い門だったとしても、努力によって通れる進路が残っていますように。
もっとも利己的な心で言っても、私の内なる声は言うんですよ。
「未来のノーベル賞受賞者が学究の道をあきらめないで済むだけのカネを用意したほうが得だ」
「子供を産み育てようと住民が思える地方自治体が二十年後三十年後に栄えるだろう」
と。
産める人が最大限に産んでくれるような環境がいいなあ。
少子高齢社会で年齢構成比がおかしくてもうまくいく方法があるなんていうのは私に言わせれば絵空事です。そんな方法があるのなら今すぐ実行すればもっともっとうまくいくはずなんですから。少子高齢化がまだそれほどきつくない今なら何倍も豊かに暮らせるはず。
そうなっていませんよね。
だったら、将来もそうならないと考えるべきなんですよ。
少なくとも捕らぬ狸の皮算用で将来を楽観するのはよくないと思います。
「二十年前後の援助をすると四十年前後の納税をしてくれるぞ。これは得だぞ」
と利己的な判断でいいですので、地方自治体には子供への援助を最大限にがんばってほしいなあと願っています。
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