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2015年10月07日11:48

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盲導犬や介助犬、聴導犬は、普通のペットではない。盲導犬や介助犬、聴導犬は障害者の目であり、耳であり、手足なのだ

■阪急百貨店 補助犬の啓発イベントした直後「入店拒否」の仕打ち フェイスブックで問題提起「なぜ?」
(ウィズニュース - 10月06日 23:30)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=220&from=diary&id=3651263

盲導犬や介助犬、聴導犬は、ただのペットではない。盲導犬や介助犬、聴導犬は障害者の目であり、耳であり、手足である。障害者は彼らの存在なくしては、街に出ることも、いや日常生活さえ送れないのである。

今回の阪急百貨店での「入店拒否」は、阪急百貨店側の落ち度である。 「ただただ、ひとえに私どもの教育・指導不足でした。補助犬について先進的に取り組んできたという自負があっただけに我々としても非常にショックなんです」とか、「百貨店の中でも一番早い対応でした。それだけに本当に今回のことは…補助犬についての理解が末端のアルバイトやスタッフまでは徹底されていなかったのは明らかです。申し訳ない気持ちです」というのは言い訳に過ぎない。

たとえば、その現場には。「ペットはお断りです」とか「いえ、これは補助犬といって…」と言い放った店員だけだったのだろうか。そんなはずはなく、他の店員がいたはずである。では、「入店拒否」を言い放っていた店員以外の店員は一体何をしていたのだろうか。その店の責任者は一体何をしていたのだろうか。盲導犬を連れた障害者ならば、店内でも目立つはずである。にもかかわらず、そのような「入店拒否」行為を放置していたのは、やはり阪急百貨店全体の盲導犬や介助犬、聴導犬そして「身体障害者補助犬法」に対する社員教員の不徹底さとしか考えられないのである。

最近、行政機関や民間企業でも、「障害者」という記述を�狆磴�い者�瓩箸靴討い襪箸海蹐�多い。それはある障害をもつ女性が「自分の存在は�牾沖瓩砲覆訛減澆任呂覆ぁ廚箸い辰燭海箸�きっかけだったと聞く。しかしながら、「障害者」という記述を�狆磴�い者�瓩箸垢襪海箸如⊂祿下圓鮗茲蟯�く環境はどれだけ改善しているだろうか。障害者法定雇用率を達成している企業はどれだけ増えたであろうか。なにも改善されていないのではないか。その一例が今回の「入店拒否」問題が如実に語っているのではないだろうか。

いま、健常者と言われている人たちも何時何かの事故や病気で�狆祿下圻瓩噺討个譴訛減澆砲覆覯椎柔�がある。いや、歳をとって�犢睥霄圻瓩噺討个譴訛減澆砲覆譴弌�誰かの介護なしには生きていけない存在になるのだ。そのことを考えたとき、はたして「入店拒否」を肯定していていいのだろうか。「障害者は社会のお荷物だ」ということを平然しかいていていいのだろうか。自分たちが障害者や高齢者と呼ばれる存在になったとき、自分は社会のお荷物だとして自ら死を選ぶ覚悟があるのだろうか。

もっと言えば、社会者や高齢者を�犲匆颪里�荷物だ�瓩塙佑┐觴匆颪箸蓮⊃祐屬里い里舛硫礎佑鮗匆颪�決定する社会となる。そのような社会は、かつてナチス・ドイツが人間のいのちの価値を生産性の有無で決定した社会と同じようになる。そしてナチス・ドイツは生産性のない障害者を�爛�ス室送り�瓩砲靴討�た。そのことがユダヤ人大虐殺につながったと言われている。日本もあのナチス・ドイツのような社会になっていくのだろうか。障害者であるわたしには背筋が凍る思いがしているのだ。

わたしは障害者と呼ばれる人の�狆祿沖瓩蓮�決してそのような言われる人の側にのみ存在するのではなく、社会の側に、つまり障害者に対して無理解である人々の側に存在するのだと、わたしは考えている。つまり障害者を社会のお荷物だと決めつけ、盲導犬や介助犬、聴導犬などの「入店拒否」に賛同する人が多数存在する社会、まさしくナチス・ドイツが行った�爐い里舛鵬礎佑鼎韻鬚垢觴匆餃瓩任△襦�そんな社会に日本社会もなって行く可能性があるように思われてならないのである。

何度でも繰り返す、盲導犬や介助犬、聴導犬は、ただのペットではない。盲導犬や介助犬、聴導犬は障害者の目であり、耳であり、手足である。障害者は彼らの存在なくしては、街に出ることも、いや日常生活さえ送れないのである。そのような盲導犬や介助犬、聴導犬を拒否し否定することは、障害者に街に出てくるな、もっと言えば、障害者に生きるなと言っていることに等しいのである。

今回の反響百貨店の「入店拒否」事件は、障害者を取り巻く日本社会の現状がいかに障害者にとって生きづらい社会であるのかを示しており、そのことはある一定の条件の人間にとってこの社会が生きずらくなる、しかもその�牋貭蠑魴錣凌祐岫瓩砲覆辰討靴泙Σ椎柔�がすべての人間にあるということを示しているのである。そのような生きることに不安定さがある社会に生きたいと思うのか否か。わたしはまっぴらごめんなのである。

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