「そうだ難民しよう!」 シリア難民を「不法移民」扱いするイラストが物議、元写真の撮影者からは怒りの声
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=3648819
自分は、この風刺絵の方が元になる写真を見るより先だったので、
「難民の皮をかぶった不法移民」を巧く表現してるな、という第一印象を持った。
元になった写真の少女がそうである、と言う意味ではなく。
彼女だけでなく、彼女らの現状に至るまでの過程を、個人の感情として可哀想だとは思う。
作者が元の写真を風刺した行為の是否という問題はもちろんある。
写真家や被写体の少女が怒っても当然だとは思う。
でも、そんな難民の中に、風刺表現にあったような思惑で難民と一緒に出国している連中も少なからずいるわけで、それを区別することなんかできないのがそもそもの問題なんだろう。
単純にイスラム教を「悪」と断じることはもちろん出来ないが、イスラム圏からの難民や移民を受け入れるには、人道的問題の他にも彼らの持つ「我々と異なる価値観や常識」が壁になる。
難民とは基本的に危険になった居住地を捨てて安全地帯に逃げ込んだ逃亡者を指す。
現在のシリア難民が欧州に逃げ込む行動は、本来なら「イスラム世界を捨てて異教徒たるキリスト教国家へ逃れている」行動のはず。
だからこそ「キリスト教国家の常識に基づく人道的支援をどうするか」と各国が頭を悩ませているわけで。
だが、そもそも難民にはそれまでの「イスラム教やイスラムの価値観、常識を捨てる覚悟」ってあるのかな。
現時点ではそこまで求めている国は無いけれど、流れ着いた先でイスラム教徒としての権利や常識を求めだしたらどうするか。
ISはひょっとしたら、難民を世界にばらまくことによって世界中をイスラムの支配下に置こうとしているのかもしれない。
今のシリア難民が難民を使ったISの宗教侵略でないと誰が断言できるのか。
写真の少女を「可哀想」と思う感情論だけでは済まない問題がそこにはある。
記事はこの問題を「どのような形で決着するのでしょうか。」と結んでいるが、
決着するはずがないと自分は思っている。
むしろ「決着する」ことの方が恐ろしい。
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