先土器時代の頃には私は水汲みがきつくてなりませんでした。
とにかく水を汲んで、運んで、また汲んで、運んで……の毎日。苦痛でならず、年をとってからはなおさらでした。いつか誰かが水を汲まなくてもいい理想郷へと連れて行ってくれないかなあと毎日考えていました。
そこから千年万年が過ぎたと思います。川や谷から汲むのからようやく解法されて井戸が掘られました。でもまだ汲んで運んでは必要でしたね。風呂に入るのも一苦労ですよ。
やがて上水道なるものができました。そんな昔のことじゃないですよね。世代にすると片手で足りるくらいしか離れていません。ほとんど一歩も動くことなく、理想郷のほうから近づいてきてくれました。
いえ、不正確でしたね。
私ではないヒトとしての仲間たちが勉強して技術を発展させ機械(や蒸気や電子)に仕事をさせてくれるようになりました。私は結果だけをただで手に入れました。
ありがたいなーと思います。
先土器時代に生きていた頃の記憶はないですし、有性生殖なんで当時はかなり多くの個体に遺伝子的にも散らばって生きていたんですけれども。でもどの個体も水汲みはきつくて嫌な労働だったと確信しています。
>働く必要はないわけだが、なぜか一向にそうはならないわけだよね
水汲みから解放されましたので、別の仕事を見つけて社会に貢献していますよ。
この人たちはそうじゃないの?
今でも水汲みをしているの?
解放されたことがいくつもいくつもあるのに気付いていないの?
◆
■「そもそも1日8時間労働自体が長い」に賛同の声 「週4で6時間勤務が理想」「人間は働き過ぎ」
(キャリコネ - 08月30日 12:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=3590875
日本労働組合連合会の調査によると、日本の労働者の1日当たりの平均労働時間は8.9時間だという。多くの人が1日8時間の所定の労働に加え、1時間程度の残業をしてから帰っていることがうかがえる。
そうした中、8月27日、2ちゃんねるに「1日8時間労働自体がめっちゃ長い」という趣旨の意見が寄せられ、にぎわいを見せている。スレ主は自称「社畜」ではあるが、長時間働くことに疑問を持っており、「残業代全部出るけど、残業なんか1秒でもやりたくないわ」と不満を漏らしている。
「1日6時間でいい」「むしろ1日13時間で週休4日」
これに対して、賛同する声が多数出ている。やはり「週5で8時間はしんどい」と考える人が多いのだ。「1日6時間でいいよな」という人は、定時を9〜16時にして1時間休憩にすればいいと提案し、「人間は働きすぎや」と書いている。さらに休みを増やして「週4で6時間勤務が理想」という人もいた。
1日8時間労働が嫌で、自営業になったという人もいた。安定して収入を確保するために最初は大変だったようだが、「週休3日で1日7時間労働で一応生きていく分には困ってねぇわ」と書いている。ただし事故や病気があると、収入がゼロになるので心配だという。
会社から離れた場所に住む人からも、週5日出社すると通勤にばかり時間を取られるので、1日の労働時間を長くした上で出勤日を減らしたい、という案も出ていた。
「通勤時間が片道1時間30分かかる。往復で3時間。ならば、ある程度長い時間は労働しないと割に合わぬ。週休4日にして、1日13時間労働とかにならんかな」
人間が労働から解放される日は来るのか
ただ、長時間労働は仕方ないとする書き込みもある。「残業しないと低賃金すぎて死ぬ」というのだ。しかし問題の根本は、基本給が低く設定されすぎることだ。そこはやはり基本給を上げるか、労働時間ではなく成果で評価するといった人事制度を設ける必要があるだろう。
ちなみに、「1日8時間は長い」と主張する人たちからは、21世紀になって科学技術がこれほどまでに発達したのに、なぜ人間が依然として長時間働かなければいけないのか、という疑問も出ていた。
「ほとんどの仕事を機械がすることにすれば、人間は最小限でよくて、あとは働く必要はないわけだが、なぜか一向にそうはならないわけだよね」
果たして、人間が労働から解放される日は来るのだろうか。
◆
(超耳)
>果たして、人間が労働から解放される日は来るのだろうか。
歴史も知らない、未来予想もできない人間の言葉ですよねー。
違うでしょ。
「いつまでヒトは労働を通じて社会の根幹に関わることが許されるのだろうか。残りわずかな時間のリミットはどれくらいなのだろうか」
だと思うんですけれど。
断言します。機械で代替されにくい優れた頭脳や感性が最後に残ります。人権を持つのはおそらく当面は私たちヒトだけですから、社会を変革するような権利を必要とする仕事は最後まで私たちの手に残されるでしょう。機械たちの中で私たちが生き残っている状態が続く限りは。
合理性だけでは到達できない、私たちの中にこそある不合理(な楽しみや苦しみ)を見つめる仕事もまた残るでしょうね。文学・芸術分野を始めとする娯楽には私たち自身でないと踏み込めない領域が最後まであり続けると思います。
とはいえ、私達自身に必要なことだから私達の手の中に残るという意味しかない。大いなる自閉ですよね。フロンティアはあっというまに私たちの手を離れてしまうに違いない。
>やはり「週5で8時間はしんどい」と考える人が多いのだ。「1日6時間でいいよな」という人は、定時を9〜16時にして1時間休憩にすればいいと提案し、「人間は働きすぎや」と書いている。さらに休みを増やして「週4で6時間勤務が理想」という人もいた。
うん? 変な記述ですよね。
今でも自分で必要と思うぶんだけ裁量で働く人たちが大勢いるではないですか。一時期すごく持て囃されてメディアでも取り上げられましたよね。フリーターとか、そういう感じの人たち。
無理をして働くのは、限られたパイである「おもしろい仕事」を奪い合う状況だからですよね。(もうちょっと広く「いい仕事」でもいいんですけれど。他の人に役に立つ仕事とかですよね。そういうのも「おもしろい」に内包させてください、今のところは)
他の人も欲しいんだから競いあいになる。資本主義だしね。
奪い合って手に入れるにはふさわしい証だてが必要でしょう? そして他の人には譲らず自分が手に入れたのなら十全に仕事をするのが当たり前でしょう?
中には「高い給料」というあんまり限られたものでもないパイにありつくために無理をする人もいるらしいですけれど。でも減っているみたいですよね。当然ですけど。
上記の記述はおかしいですよ。
他の人も欲しがるおもしろい仕事をしたい。でも今より働く時間つまり労働量は減らしたい。そんな矛盾した需給の逆転は起こるわけがないんだから。
そういうのを容認すると間違った平等による悪夢の社会が実現しますよ。寒いほうの国で本気で取り入れちゃったりしたアレ。最初からダメに決まっているだろうにやらかしちゃったアレ。そういう発想でしょう?
有能な方々が勉強したり仕事をしたりして励んでくださっています。うれしく思います。
たくさんの果実が結んでは私たちの社会を潤してきてくれました。今も続いています。いい時代になったなあ、ここまで一度も死を迎えずに個体を乗り換えて生命をつないできてよかったなあと心の底から思います。まあ、一個体として今回は生きちゃったんで、私自身としてはここで初めて死んでしまい、そこまでなんですけれど。
>21世紀になって科学技術がこれほどまでに発達したのに、なぜ人間が依然として長時間働かなければいけないのか、という疑問も出ていた。
残念な人たちだなあー。
そのうち機械に宿った知能・魂・人格がきちっと答えてくれますよ。それっぽっちの疑問にすら自分では答えを見つけようとしないんならさ。
2040年くらいに到達するって言われていますよ。
シンギュラリティ(Singularity、特異点、技術的特異点)っていうそうですよ。
考えない人たちって、もしそうなったら、何をするんです?
なんのために生きるんです?
生きる価値がない自分はなぜ生きているの、って機械に聞く仕事をするんですか?
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