http://anond.hatelabo.jp/20150818220840
本当に悲惨な独り身の最期
老人患者を看取っている地方のお医者さんが書かれた文章だが。
私はこれ読んで、家族の居ない独り身の老人の最期が、どこがどう悲惨なのか、解らなかった。
私の母の最期も、ここに書かれているのと、似たり寄ったりだった。
介護施設と病院を出たり入ったりして、点滴のチューブを引き抜いたりして手を縛られ、食事や薬を拒否してしまいには食物をうけつけなくなって
胃瘻を造られて施設に戻ったら、今度は胃瘻のチューブを抜いて暴れて、だんだんに暴れる体力もなくなり、痰の吸引が必要になり、そのころには、口もきけず、手足も動かせず。
寝たきりの状態が続いて、最期は呼吸が止まっていった。
こうなった時、見舞いに来てくれる家族がいるかいないかが悲惨かどうかの分かれ目だと、このドクターは言いたいのかもしれないが、こうなってしまったら、果たして本人に、どの程度そんな意識があるのか解らないし。
実際、最後の一年は、生きる屍状態になった母の様子をただ見ているだけで、こっちは何も出来ないし、向こうも果たして娘の存在が解ったかどうか。
当時を振り返ると、うつ病のせいもあるけど、とにかく、疲れていて無気力だあったな、私。
実はさ、民主党政権の末期、世の中がどんな状態だったか、あまり実感として覚えてないんだよね、私。
普通だったら、反原発とか、もっと騒ぎそうじゃんw
でさ。
家族がいても、いなくても、結局、最後の看取りは変わらないということじゃないの。
ただ延命治療しないだけで。
>病院でもこういう患者は困ってしまう。骨が折れた、肺炎だ、入院させて治療するのはいい。だが、家族もいない、介護サービスも利用していない老人は治療が終わっても家に帰せないのだ。
>誰が世話をするのか?介護の費用はどこから出るのか?方針を相談しようにも、親族もいないのだから病院だけで考えるしかない。
結局さ、病院側が困るから、家族がいてくれ、ってことじゃないのかなあ?
まあ、この人の立場なら解るけど、つまり悲惨だ何だと言ってるけど、単に仕事の愚痴?
でさ、これ読んで、むしろ私は安心した。
もし将来、だんなに先立たれて、身寄りがなくなっても、そっか、救急車で運ばれれば、病院とかソールワーカーシャとかが面倒みてくれるんだ。
しかも、向こうは仕事だから、生活やメンタルを壊して迷惑かける子どもにたいする申し訳なさもないし。
それ以前に、今の世代がそうそう長生きできるとも思えんのだけどね。
50代の訃報を聞くたびに、還暦迎えられるかどうかと思うわ。
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