議論がうまい人は「勝つ人」じゃないですよ。
負けるのがうまい人ですよ。
古代ギリシャ三哲ともなればきっと負けるのもうまかったのかなあ。当時は思いつきさえしなかった自然科学の真実を知った時、どれほどの反応を見せてくれるんだろうかと思いますよね。
議論がうまかろうとなんだろうと真実には勝てるわけがないのです。勝ってはいけないのです。うまく負ける人は勝つことなんかよりずっと多くの実を得ます。
自分の間違いを正すことができるなんて、お得ですよね。
記事内容、炎上対策にはほとんど役に立たない教えだと感じます。
でも、まずは自分自身の間違いを自分でチェックするためには役に立つかもしれないなあ、とは思います。
誰かと議論するよりずっと手前で自分のツッコミによて負けておけばいい。他人の厄介にならずにどんどん成長できることになります。グロースボディを自分に打つようなもの!(なんのゲームの話?)
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■古代ギリシャ人、ネット社会を予見? 炎上対策にアリストテレスの教え
(ウィズニュース - 06月08日 07:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=220&from=diary&id=3455283
ネットの炎上、誹謗中傷は、いつ自分が当事者になるかわかりません。一度、燃え広がったネット上の攻撃をどうやっておさめればいいのか。ヒントは、2300年前に書かれた哲学書にありました。作家の高橋健太郎さんは、ギリシャ哲学者アリストテレスの「弁論術」には、現代人が身につけておくべき「防衛ライン」の心構えが書かれていると言います。
アリストテレスが教える「完全にアウト」でも挽回できるかもしれない方程式
第一防衛ライン「そのような事実はない」
当然ですが、誹謗中傷の内容が事実ではない場合は、「事実ではない」と反論するのがベストです。高橋さんは「ただし、単に『ウソだ』『デタラメだ』とわめくだけでは、むしろ『図星を指されて、取り乱してる』と判断されない」と指摘します。大切なのは、周りの人が納得するような根拠です。
「私が取引先で彼の悪口を言って回るなどありえない。そもそも彼とは古い友人だし、一緒にプロジェクトもやっているから、彼の評判が悪くなれば私だって困る」などといった形で具体的な根拠を示して反論することが大切になります。
第二防衛ライン「事実だが害があるようなことではない」
仮に誹謗中傷の内容が事実だとしたら……。「事実だが害があるようなことではない、というラインで反論することが可能です」と高橋さん。
具体的には「私が○○社に頻繁に出入りしているのは事実だ。ただ、それは我が社の情報を流すためなんかじゃない。これからはじまる大きなプロジェクトの打ち合わせのためだよ」などという言い方になります。
第三防衛ライン「害があるかもしれないがあなたたちに対してではない」
誹謗中傷の内容が、事実でしかも誰かの害になるような話だった場合はどうすればいいか。高橋さんは「害があるかもしれないがみなさんに対してではない、というラインで反論できる」と話します。
具体的には、「たしかに、私はかつて不倫をしていたし、それで妻を傷つけたこともある。ただ、それはプライベートな話だし、あなたがたにとやかく言われる問題じゃない」などという言い方になります。
第四防衛ライン「あなたたちに害があったとしても、言われているほど甚大ではない」
誹謗中傷の内容が事実で、かつ非難する側に害がおよんだ時は? 正直、このくらいのラインから厳しくなってきますが 「そこまで非難されるほどの害はないはずだ」という「程度の問題」に落とし込んで、そこのラインで反論する方法があります。
「たしかに、私の企画したあのプロジェクトは赤字だった。ただし、それで会社の屋台骨がゆらぐなんてことはなかったはずだ」などという言い方ができます。
第五防衛ライン「法(道徳)的に問題はない」
ここが、現実的な最終ライン。「そうはいっても、法律を破ったわけじゃない」と法律問題にすり替えたり、「やむを得ない事情があった」などと情状酌量を狙った言い方で反論したりします。
第六防衛ライン「法(道徳)的に問題があっても重大なものではない」
参考までに。いよいよとなれば、「横領といったって、たかが5万円じゃないか」といって開き直る方法もあります。ただ、そもそも違法行為を認めているので、やはり、ちょっと厳しいでしょう。「しかし、意外に耳にすることの多い言い分であることもたしかです」(高橋さん)という面も。
六つの防衛ラインの他に、注意点をひとつ。高橋さんによれば、途中で反論が苦しくなってラインを下げるのが、もっともNGなのだそう。だからこそ、初めに無理なく反論できそうなラインをしっかり決めておくことが大切です。
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(超耳)
>アリストテレスが教える「完全にアウト」でも挽回できるかもしれない方程式
って、その目指すところはどうなんだろう、アウトなら反省するべきなんじゃないの? とは思うんですけれど。
高橋健太郎さんにはそういうものなのかなあ。
その程度かー。
記事にあるテクニックは議論ではあんまり役に立ちません。
でも記事を離れて、世の中にテクニックというものはたくさんあります。炎上対策でも、ネットでのバカの議論に巻き込まれないためにも、知っておきたいですよね。特に名前とかはなくても力量ある人を観察するとわかったりすることがあるじゃないですか。
たとえばデコイ法。とっさに命名してみました。突っつかれると痛いポイント以外に、「痛そうに見えるポイント」を設置するワザ。鬱陶しいバカは全部そっちに雪崩を打つと決まっています。じつに有効です。
そういうこともアリストテレスの頃には知られていなかったわけですよね。ネットないし炎上ないから。必要ないんで。
私のようなバカでも知る手練手管というものはまだまだあります。
でもいちばん大事なのは「上手に負ける」こと。
学んで、自分を変えることが最上なんですよ。
力量のある相手にはよろこんで負けたいものですね。
負かしてもらって、成長させてもらえたら、こんなにお得なことはありません。
勝つことなんて、つまらないですよ。
アリストテレス先生はかつてアレクサンドロスにどんな授業をしたんでしょうね。
もし見ることができるなら絶対に見てみたい歴史の一場面のひとつです。
憧れます。
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