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2015年05月29日12:19

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何故政府は普天間基地の移設先を「辺野古沖」と明文化した法律を制定しないのか

■沖縄県議らオスプレイ事故現場を視察 「違いにあぜん」
(朝日新聞デジタル - 05月28日 12:44)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3438605

沖縄の声すくう「95条」 憲法学者・木村草太さん、「拘束型」住民投票の活用提言
 沖縄に米軍基地を設けるというのなら住民投票が不可欠なのではないか――。憲法学者の木村草太さん(首都大学東京准教授)がこんな提言をして注目を集めている。基地問題に「国会」と「住民」が関与する新たな道筋を開き、民主主義を活性化しようという試みだ。同時に、日本国憲法を活用しようという訴えでもある。焦点は95条だ。
 沖縄県宜野湾市にある米軍の普天間飛行場。日本政府は今、それを同県名護市の辺野古地区に移設しようと計画している。地元では新しい基地が建設されることへの反発が強いが、政府は計画を変えない姿勢だ。
 木村さんは雑誌「世界」6月号で、この問題には「全国民的な議論」と「地元の声」の双方が反映されるべきなのに現状ではいずれも不十分だと訴えた(「講演録 住民投票なくして『辺野古新基地建設』はあり得ない」)。
 改善のため着目したのは国会だ。憲法は国会を「全国民の代表」からなる「国権の最高機関」「唯一の立法機関」とする。木村さんは、辺野古移設の推進に政府(行政府)ばかりが取り組む現状はおかしい、と説いた。他国の軍の基地を新設することは国政の重要事項なのだから、設置根拠となる法律を国会(立法府)が作ることが必要なのでは、と。
 国会による立法をなぜ求めたのか。「ある自治体に他国の基地を置くことは、自治権が大幅に制限されることにつながります。どの地域でどういう制限をするか。それは国会が法で定めるべきでしょう。国会議員が責任を負うことは『全国民』が当事者意識を持つための回路にもなる」。木村さんはそう語った。
 提言では、憲法95条にも注目した。特定の地方公共団体にだけ適用される特別法は「住民投票」での同意を得なければ制定できない、と定めた条項だ。国会で仮に「辺野古新基地建設法」なるものが多くの賛成を得たとしても、地元住民の同意を得ない限りその法律は制定されない――憲法はそう規定しているのだと木村さんは書いた。
 「投票結果が国政や県政の『参考』にされるだけというタイプの住民投票とは違い、95条による住民投票は拘束型です。この場合、新法を成立させたければ政府や国会議員は地元の人々を説得しなければならなくなる。いま沖縄の人々は何に怒っているのでしょう。政府に説得の姿勢がないことだと私は見ています」
 沖縄で95条に基づく住民投票を。そうした考えで立法を目指す動きは実際の国会の中にも見られる。
 4月の参院予算委員会では、辺野古移設には特別法と住民投票が必要ではないか、という質問があった(松田公太議員)。安倍晋三首相は、移設が国政の重要事項だとは認めたが、新法は必要ないとの考えを示した。もし新法がなければ、そのための住民投票も起動しない。
 木村さんは「安倍政権の憲法観が明確になる答弁だった」と話す。「国政の重要事項は行政の責任で決めるという考えです。憲法解釈としては、立法権に比べて行政権を誇大化させたものに見えました。それが果たして憲法の示す方向なのか。憲法観をめぐる議論が深まっていくことを期待します」
 (藤井裕介、編集委員・塩倉裕)
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上記は、今朝の朝日新聞の�猜顕宗κ厳櫚瓩坊悩椶気譴拭�憲法学者・木村草太の「沖縄の声すくう「95条」 「拘束型」住民投票の活用提言」の全文である。

沖縄にある普天間米軍基地の移設先を「辺野古沖」にすると、明文化された法律はない。何故政府は今まで橋本政権以来、普天間基地の移設先を「辺野古沖」にするという明文化した法律を作らなかったのであろうか。その理由は簡単である。ある特定地域だけの法律を制定する際には、その地元住民による賛否を聞かなければならないと、憲法「95条」で定められているからなのである。

自民党政権は、沖縄県民にいくら金を積もうとも、沖縄県民が県内に米軍基地建設を認める筈がないということが分かっていた。だからあえて普天間基地移設先を「辺野古沖」という明文化した法律を制定せずにきたのである。

もしも沖縄県民が辺野古沖移設に反対しているのならば、別の移設先を見つけるべきであり、たして海兵隊を沖縄に駐留させておく必要性の有無を日米両政府は再度検討すべきであろう。元防衛大臣であった森本敏は、「沖縄に米軍基地を置いておくのは、軍事的、戦略的な必要性からではなく、政治的必要性からなのだ」と公言している。つまり日本国内に米軍基地を受け入れるところがないから、沖縄においておくしかないのだというのである。それこそが�牴�縄差別�甍奮阿硫進�でもないのではないだろうか。

よく日本本土の国民から「沖縄県は多額の交付金を受け取りながら、辺野古沖移設を拒否していることはおかしい。」という声がある。しかしながらそのような声に対して、わたしはあえて問いたい、あなたは沖縄が戦争で負ってきた苦悩の歴史をどれだけ知っているのか、と。さらにいえば、今、沖縄で起こっていることは、決して沖縄だけの問題ではなく、これから日本各地で日常茶飯事に起こりうる問題であるということが分かっているのか、と。

オスプレイはこれから日本本土上空を自由自在に飛び回る。しかもそのルートは�犒鎧�機密�瓩箸靴篤�本政府にさえ、通知されないままにである。そのことはあの「日米地位協定」で定められているのだ。しかもオスプレイが日本本土で墜落事故を起こしても、米軍には何らその事故に対する責任はなく、もし日本国民が死亡しても、それはその事故の巻き添えで亡くなった人が�猊垤�だった�瓩箸いΔ世韻能�わってしまうのだ。それも「日米地位協定」で定められているのだ。

現在、安倍政権は沖縄県民の民意を無視して、日本国民の民意を無視して辺野古沖に米軍基地を建設しようとしている。それは、まるで中国や北朝鮮と同じく、国家主義的な強引なやり方でである。わたしたちはこのような誰かを犠牲にすることでしか、国家の安全保障が守れないというやり方の�牋枉錣記瓩傍ど佞�時期ではないだろうか。

木村草太氏の「沖縄の声すくう「95条」 「拘束型」住民投票の活用提言」を読んで、こんなことを考えた。
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