そんなこと考えているから子供なのだという教科書はないので載ってるわけない。
子供のころは小学校に一時間歩いて通って、集団登校で何をやるでもない
というか勉強自体していなかったので
同じことを繰り返させられるのが嫌でしょうがなく、
毎日なんでこんなことやってるんだろう
=なんで生きてるんだろう
なんてことを四六時中考えて、でも今と違って不登校すると
家に居場所がないのでなんともできなくていやいや学校に行っていた。
いまだに集団嫌い、強調しない
友達いなくても平気
サラリーマンには絶対ならない
一人で何でもやる
というのはこのころできた哲学で、
今に至るまで続いている。
今はネットがあるから暇つぶしできるけれど
なくても本があれば何年でも暇をつぶせる。
図書館さえあれば全く苦労しない。
生きるとはどういうことか
自分の好きなように生きることだ。
だからそれが気になる、ということは自分の生きたいように生きていない。
何らかの我慢をしているか、何事かに強いられているか。
ルールに縛り付けられる小学生や中学生がまさにそれだ。
社会人になってもそんなことを続けていたら、それは子供と一緒だ。
まして生きる意味が考えたくなるぐらいなら、早く手を打たないと
ストレスで壊れてしまう。
こういうと、今の会社では仕方がない、とか
今の人間関係では仕方がない、とか
我慢する理由がいくらでも出てくる。
会社が嫌ならやめれるうちにとっととやめてしまえ。
お金がないなら稼げるよう努力しろ。
お金を稼ぐためにサラリーマンしかない、とかいうなら勉強不足か甘ったれかどっちかだ。
お金に詰まるので会社を辞められない、というなら学校を転校できない子供と一緒だ。
お金が問題ならお金にフォーカスすればいい。
何日でも何週間でも考えろ。
お金の問題を人間関係や会社の問題に結びつけるのは無理が過ぎるというもので。
仕事が楽しければ暮らしていければいいし
給料を上げてほしければ自分の価値を自分で決められるまで勉強すればいい。
頭を使うならそっちに使うべきで
大人になっても哲学的悩みで悩んでみても何も解決できないと思う。
しいて言うなら時間が解決するケースは相当ある。
ペットの死や、離婚や、借金や倒産などだ。
教科書は教えてくれない「生きる意味」についての名言
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=101&from=diary&id=3372300
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