沖縄戦、生死分けた二つの壕
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まだ戦争が南方で行われていて、
日本では大本営の連戦連勝が報じられていた頃、
アメリカ軍にこんな記録が残っています。
・日本戦では、欧州と比べて捕虜が圧倒的に少ない。
まさに、日本軍が万歳突撃など、捕虜にならないように教え込まれた結果だ、
と思うかもしれませんが実際は違います。
・そこで、捕虜に報奨金をかけると、瞬く間に多くの捕虜が捕まった。
・捕虜の報奨金をやめると、また捕虜の数が減った。
・日本軍兵士の肉体の一部を戦利品として収集するのが流行っていた
つまり、米軍の兵士たちは、お金になると分かれば捕虜にして、
利益にならない捕虜は虐殺していたわけです。
1931年、国際連合に人種差別撤廃条約の提案がされます。出したのは日本です。
拒否したのはアメリカ。
そういう時代だったんですね。日本人は人間ではありませんでした。
逆に、日本軍にそういう風潮はありませんでした。
もちろん、すべてが完璧だったわけではありませんが、
日本と米国では、コレクションとして残っている「現物」の数が違いすぎます。
そのような経緯を経て、アメリカは残虐だというのは「思い込まされていた」のではなく、
事実でしょう。
たまたま、そのガマにきた日系人が良心ある人物だったにすぎません。
南方戦線と同様に、問答無用で手榴弾を放り込まれた洞窟もあれば、
戦後の進駐軍がそうしたように、レイプされた女性もあったと思います。
沖縄戦で全ての米軍が日本軍より寛容だったとは思いません。
しかし、それを非難する手記はなく、
一方で米軍が味方になった途端非難に晒されるというのは、
プロパガンダの香りがします。
沖縄戦も、物証や複数からの証言を収集して比較して、
事実を洗い出すべき時期にきたのかもしれません。
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