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2015年01月13日11:16

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やり過ぎたのかも…

■犠牲の警官はイスラム教徒 対テロ、連帯の機運と憎悪と
(朝日新聞デジタル - 01月12日 08:12)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3221724

盗人にも三分の理。犯罪行為をしでかす輩にも得てしてそうせざるを得ない理由があったりする。
大勢の人々を無残にも殺害した今回の事件は、確かに許しがたいものであり不幸にも非業の死を遂げた人々には謹んで哀悼の意を表しお悔やみ申し上げる。

ただ…今回の事件は元はと言えば、襲われた新聞社の風刺漫画がきっかけだったと聞く。

元より、報道言論出版の自由、思想宗教主義信条の自由は何人たりともそれを制限されてはならない大切な基本的人権の根幹である。決して侵されてはならない。

しかし、権利には義務が伴うように自由には責任が伴う。そして、いくら報道言論出版の自由と言っても、事実無根の誹謗中傷はこれまた許されるものではない。

さて本件…風刺・批判・反対意見…そういったもの自体は否定されてはならないがしかしこの風刺画、揶揄された側から見ると確かに単なる風刺とは受け入れ難いものだっただろう。

(イスラムの世界については異教徒の立場から言及するのは自粛するが、もしたとえばこれが我が国に対してのものだったらどうだろう?国会の様子や宰相・閣僚達が茶化されたら?ま、その程度なら笑い飛ばすだろうし、言われた側もそんなもんだと受け取るだろう。財界大物がネタにされても、メジャーな技能人でも然り。でももしその風刺の対象が被爆者や震災被害者だったら?あるいは皇室だったら?おそらく右から左へ受け流せず、新聞社に抗議文を送るのではなかろうか?過年韓国の李明博前大統領が今上陛下に対し無礼極まりない発言をしでかしたときは日本中が激怒した)

風刺画の作者や発行した新聞社にはその意図はなく単に体制批判以上の意味はなかっただろうが、受け取った側は自分たちの大切な存在を穢されたように感じたのかも知れない。実際そう受け取られたとしても無理からぬ内容だった。読者から抗議や反対意見、批判が届いても当然ではあろう。
(どこまでが批判でどこまでが風刺でどこからが誹謗中傷なのか?はしかし線引きが極めて難しくもある)

イスラム系の過激派が「キレた」としても不思議ではないがしかしその後がいけない。もしも彼らが新聞社に抗議文や反対意見を書面にして郵送したなら何の問題もなかったのに彼らは最も許されない蛮行に出てしまった。丸腰の相手に武装して襲い掛かり更には無関係の人々まで巻き込み多くの命を奪ったのだ。
(アラーの神様ってそんなこと許すの?認めるの?絶対違うだろ!非武装の一般市民殺戮して何が聖戦だ!そんな奴が死後「天国」へ行けるものか!)

バカどもの暴挙で同じイスラム教徒が犠牲になってるって理不尽過ぎないか?

そういえば昔日本でも新聞社の支局が襲われ犠牲者が出たことが有った。不幸にも殺害された新聞社の記者氏には謹んで哀悼の意を表するが襲われた新聞社に対しては同情も憐憫も一切感じない(誤報どころか嘘偽り捏造記事を拡散させ世界中で我が国を貶め今もまた反日勢力の走狗となって悪事を繰り返しているような新聞社など潰れてしまえ!)。

今回不幸にも殉職された警察官の中には敬虔なイスラム教徒もいたと聞く。イスラムでも過激派なんてほんの一握り、多くのイスラム教徒は敬虔で節度を守り善良な市井の穏やかな隣人であることは今更言うまでもない。彼もまた職務に忠実に暴漢から身を挺して市民を守ろうとして不幸にも犠牲になってしまった。

この悲運の英雄のご遺族方の言葉は胸を打つ。

「自由、平等、博愛という価値を守ってくれたことを誇りに思う」

と亡くなったメラベさんを讃えて更に

「過激派とイスラム教徒を混同してはいけません。モスクやユダヤ教の礼拝堂を焼いてはいけません。それは人々を攻撃するだけで、死者は戻ってこないし、遺族の悲しみを癒やすことはできないのです」

などと強く訴えた。


流血を伴っては解決できる筈の問題も解決できなくなる。どんな高邁な大義名分もたちどころにその意義を失う。憎しみの連鎖は断ち切られなければならない。
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