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2015年01月12日14:46

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自分なりの、自分らしい�狹�え�瓩鮓�つけるために

新成人人口が21年ぶりの増加!126万人
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=17&from=diary&id=3221864

「成人の日に考える―答え合わせと黒のスーツ」
 問いを立てる。
 自分なりの答えを出す。
 それらを持ち寄り議論する。
 政治や社会を動かしていくための、大事な営みだ。
 だがどうだろう。いまの日本社会では、問いよりも、答えを出すことよりも、「答え合わせ」に重きがおかれてはいないだろうか。なぜそのような答えを出したかは吟味されず、答えをつき合わせて、同じであれば安心する。でも、ひょっとしたらそれは答えではなく、ただみんなが空気を読んだ結果に過ぎないかもしれない。
 きょう、成人の日。
 若者をとりまくこの社会のありようについて考えてみたい。
■自分の言葉で語る
 関東在住の専門学校生、菜々子さん(21)は昨秋、ある医院の就職面接を受けた。「その場で内定をもらって。うれしかった」。その後雑談していたら、恋人とはどこで出会ったの?と聞かれた。どうしよう。でもここでうそをつくのはなんか違うよな、えっと、はい、私は政治に興味があって、彼とはデモを通じて知り合ったんです――。軽い調子で、でも丁寧に言葉を選んだ。大学生ら若者が主催していること。党派性のないカッコいいデモであること。徹底して非暴力であること。
 数日後、医院から電話があり、今回はなかったことにしたい、という趣旨のことを言われた。医院側は「正式に働いてもらう約束をしたという認識はなかった」。だが菜々子さんは、「私が政治の話をしたからじゃないかな。どうしても、そう思ってしまいます」。
 だって、これまで何度も経験してきたから。原発とか戦争とか政治の話をし始めると一変する場の空気、「そんな話やめろよ」という有形無形の圧力。母親に、就職ダメになったと伝えたら、政治と宗教の話はタブーなのに、何をやっているんだと責められた。
 そんなことは知っている。だけど私たちの生活はどうしたって政治につながっていて、私はその話をしただけじゃないか。
 怒りがわいてきた。医院にではなく、この社会に対して。
 おかしいと思っても、気づかないふりをしないと生かしてくれない社会って何だ。自分の頭で考え、自分の言葉で語ろうとするほど疎外されるこの社会っていったい何なんですか?
 若者の政治的無関心を嘆き、叱咤(しった)してきた「大人」は、菜々子さんのこの問いに、怒りに、どう答えたらいいのだろうか。
■脱リクルートスーツ
 就職活動シーズンに街にあふれる黒のリクルートスーツ。強制されていないのに制服化しているのは、「答え合わせ」を重ねた結果なのかもしれない。
 シーズンが終わっても、リクルートスーツを着ている学生は、「就職先未定」という貼り紙を身にまとっているようなものだ。「個性を大切に」と言ってきたはずの学校や企業、社会はなぜ、この真っ黒な世界をよしとしているのだろうか。
 そんな現状に、「就職内定率100%」で近年注目を集める、国際教養大学(秋田市)が一石を投じた。昨秋、学内の就職説明会で、黒のリクルートスーツは着なくてもいいと学生に伝え、40社を超える企業からも了解を得たという。
 どうしてそんなことを? 
 「なぜ黒のスーツでなければならないのかと問われた時、誰も答えられないからです」と、三栗谷俊明・キャリア開発センター長(54)。なぜ黒なのか。ベージュじゃだめなのか。真夏にジャケットを着る必要はあるのか――。学生だけでなく、社会全体が考えるきっかけになればいいと思う。
 「グローバル化の時代に、みんなと同じなら安心という感覚はそぐわない。自分で考え、その上で、やっぱりリクルートスーツを着るという答えを出すなら結構なことですよね」
 理由は、ほかにもある。
 就活において地方の学生は大きなハンディを背負っている。名の通った企業の多くは東京に本社を置く。お金がない学生は8時間以上高速バスに揺られて移動し、インターネットカフェに寝泊まりする。だからせめて、堅苦しいリクルートスーツを、着なくて済むように。
■「異物」がいていい
 地方の大学が社会に投げ込んだ小さな一石。だが、就活、グローバル化、都市と地方など、照らし出す問題は幅広い。
 黒のリクルートスーツを着ずに就活にのぞむ学生は、「異物」扱いされるかもしれない。でもそれによって、新たに見えてくることがきっとあるだろう。その「異物」に触発され、後に続く学生が出てくれば、違う道が開かれる可能性もある。
 問いを立てる。自分なりの答えを出す。そうして社会は少しずつ動いていく。その流れが滞っているのなら、考え、動くべきはこれから社会に出ていく若者ではなく、この社会を形づくってきた「大人」の側である。
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上記は、今朝の朝日新聞の社説である。

最近の学生は、レポートや卒業論文も�犲蟒颪��瓩任呂覆�、PCで打って提出することができるようになったという。わたしが学生だった頃は、大学師弟の原稿用紙があり、その原稿用紙に書いたレポートや卒業論文でないと、大学は一切受け付けてくれなかったことを覚えている。あの頃は、インターネットもなければ、PCもない。だから一つの答えを得るためには、関連する書籍を読まなければならなかった。わたしの専門は、西洋哲学、カントの批判哲学だったので、圧倒的に英語やドイツ語で書かれた文献が多く、それらの文献を読んでいるだけで、多くの時間がとられたものである。

小保方晴子氏の�猩席跨埖ぬ簑雖瓩如�現代社会において博士論文も容易に書くことができる時代になったということを知った。わたしの最終学歴は「大学院文学研究科哲学専攻博士後期課程単位修得満期退学」である。非常に長い学歴に、17年務めることになる民間企業の人事部採用課の課長との入社採用面接のとき、「きみはどうして大学院を�狢牾忰瓩靴燭里�?」と聞かれたことがある。「文学博士になるためには博士論文を書いて大学に提出し大学での審査を経なければならない。しかし大学では大体、40代にならなければ博士論文など書かしてもらえない」というような内容のことを答えた記憶がある。実際にわたしとともに研究室の特別研修員を務め、現在は大谷大学文学部哲学科倫理学分野専攻の教授をしている同僚も、最終学歴は「大学院文学研究科哲学専攻博士後期課程単位修得満期退学」である。また私の学生時代のゼミの教授も最終学歴は「大学院文学研究科哲学専攻博士後期課程単位修得満期退学」なのである。にもかかわらず、わたしより年下の後輩で現在、大学で教鞭をとっている教員たちは全員、�倏郢劉瓩箸いη郢旅罎鮖�っている。それだけ、�倏郢劉瓩箸いη郢旅罎硫礎佑�下がったのかなとも思える。

さて、今の学生たちは、大体3年生になると、就職活動を始めなければならなくなる。同じようなリクルート・スーツに身を固め、企業訪問に明け暮れる。一体、本業である勉学はいつしているのかというほど、忙しく日々を送る。そのことは刑事ドラマ『相棒』でも取り上げられ、杉下右京が「どうして就職活動をする学生は同じリクルート・スーツを着るのでしょうか。本来、就職活動とは、自分の個性を企業にアピールしなければならないのに」と、疑問を呈していたことに面白さを感じた。かくいうわたしも30歳を超えて、生まれて初めて就職活動をした際には、スーツにネクタイだったのであるが。

昔、大谷大学の就職課の前は年中、ガラガラであったことを覚えている。学生の多くが寺院の息子、娘で、特に寺院の一人娘は、大谷大学の�猝四椹勠瓩鮹気靴砲�ているということさえあった。そしてわたしにもある寺院の�猝四椹勠瓩砲箸いο辰�あったが、わたしが身障者で檀家も身障者を自分たちの寺院の僧侶として迎えてはくれないだろうと、断ったことがある。というか、当時は結婚よりも学問がしたいという思いに駆られていたのかもしれない。わたしが4年生になった春、何かの授業の関係で、就職ガイダンスに出席しなかったことがある。その就職ガイダンスの後、廊下で就職課の課長とすれ違った際、「きみはもう就職課のガイダンスに出席する必要がないんだ、大学院に進学するらしいから、もうガイダンスに出席する必要はないのだね」と、�犒�味�瓩鮓世錣譴燭海箸�あった。それほど、のんびりした大学であった。

恩師・原野栄二先生は、よく「おまえはすぐに答えを求めようとするが、そんな簡単に手に入れた�狹�え�瓩覆鼻△�前の血にも肉にもならない。それよりは何か�猝笋い�け�瓩鮓�つけろ」と言われたことがある。�牾慳笋箸蓮⊇颪い道�のごとく、問いに学ぶ�瓩箸いΔ海箸任△襦8玉鄒萓犬蓮◆岾慇源�代という時間は、自分が人生を賭けて問い続けられる�猝笋い�け�瓩鮓�つけるための時間であって、決してたやすく�狹�え�瓩鮓�つけるための時間ではない」ともいわれていた。そのことは単に学生という時期だけではなく、就職や仕事の上でも言えることなのかもしれない。わたしが就職する前に、社会保険労務士という国家試験を受験しようと、ある専門学校に通ったことがある。そこで初めて「労働基準法」という法律に触れ、人事という業務に関心を持った。「労働者が働きがいを持って働ける職場とはいか舐め職場環境なのか?」という問いを感じるようになり、その後、ハローワークで「手紙を書く仕事」という募集を見つけて、消費者金融がいかなる業種なのかも知らずに、その会社の面接に行き、その会社に採用され、以後、その会社で17年間人事部門で務めることになった。

現在は、どのようなことでも、インターネットに検索すれば、容易に答えが見つけられる時代になった。しかし容易に見つけられた�狹�え�瓩�本当に�狎気靴づ�え�瓩覆里�、いや、何を持って�狎気靴き瓩噺世┐襪里�、それらの検証作業抜きにその�狹�え�瓩魃�呑みにしてしまう。しかしその容易さ、安易さが現代社会の大きな問題になりつつあるように思われてならない。各自が同じ方向を向いて、同じことを信じ込んで、同じことを発言する。そんな社会に何ら�牋枉錣記瓩魎兇犬襪海箸覆靴法�そんな中での今朝の朝日新聞の社説は、もう一度、�犲�分なりの答えを出す�甅犲�分らしい答えを見つける�瓩修里燭瓩劉犖‐攤邏鉢瓩梁臉擇気魘気┐討�れたように思えるのである。

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