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2014年12月21日22:35

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三笠の山に関する古代史の話。

■三笠宮妃百合子さまが入院=急性気管支炎と診断
(時事通信社 - 12月21日 14:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=3195579

天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
阿倍仲麻呂の詠んだこの歌。ご興味がありましたらお立ち寄りくださいませ。


阿倍仲麻呂と言う人がいまして。
今で言う東大レベルをはるかに超える秀才でして。
遣唐使として中国に渡って役人になり、そのまま中国で無くなりました。
今で言えば米国に留学してそのまま国務長官になるまで居座ったくらいな人物です。
頭の切れっぷりも凄まじいのですが、
遭難したり遭難したり反乱が起こったりと
呪われてるんじゃないのかというレベルでとにかく日本に帰れず、
最後はふるさと奈良を偲んでこう和歌を詠みます。

天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
(空を振り返れば三笠の山に月が出るだろうか。)

タイトルが百人一首で、人物が阿倍仲麻呂ならもうこの和歌しかない、おそらく皆さんご存知の歌ですね。
これを詠んだのが753年。
阿倍仲麻呂の故郷である奈良の風景を思って詠んだ歌だと言われています。

三笠の山は若草山の南隣、春日大社の奥にあります。(北から、若草山、三笠山、大文字焼きの山)
したがって、三笠の山は奈良盆地の北東に位置しており、
「普通の市街地から見ると三笠の山から月が出ることはないじゃん?」
と、古来より言われてきました。
ですので、「阿倍仲麻呂の心象風景で、実在のものじゃない」とか、
「日本の出口になった福岡の御笠の山のことじゃない?」と、
言われてきたのです。

だが。天才を舐めんな。

まず第一に、三笠の山から月が昇るように見える場所が一カ所だけあります。
当時の政治の中枢。
内裏の近辺。
今、奈良で平城宮跡地がある場所。
あそこからなら、東南東に位置する三笠の山から月が顔を出すことになるのです。
普通の場所からは見えない月が見える場所が朝廷の中枢。
意味がない推測でしょうか。

そして、この「春日なる三笠の山」ですが、
古代史をかじった人間には「藤原の臭い」がぷんぷんするんですよ。藤原臭が。
春日は、春日大社もある、藤原の郷。
その名を持つ春日山はその奥にありますが、三笠の山の別名なんです。
天才が、無意味に、同じものを示す地名を二つも句に織り込むだろうか。
「春日なる」というのは、「春日とか言う」という意味でもあります。
春日とか言う三笠の山。私にとっては三笠の山だけれど、今は春日の一族(藤原)の山なのだとか…。
そんな思いが根底にあるように思います。

ここで年表を見ます。
716年 阿倍仲麻呂が中国へ渡る。
749年 藤原仲麻呂(たまたま同名!)が権力を手中に収める
750年 友人で学者仲間の吉備真備が藤原氏の手で左遷される
752年 吉備真備が遣唐使になり、阿倍仲麻呂と再会
阿倍仲麻呂が中国に渡る717年までは、まだ藤原の勢力が確固たる力を得る前の話でした。
おそらく阿倍仲麻呂は、752年の吉備真備との再会で朝廷の状況を知ったのでしょう。
藤原のボンボンが、女帝をたぶらかして好き放題おやりになってる、と。

つまり、この句は、深い政治的な意味も併せ持っています。
朝廷からの眺めは藤原氏の上に月があがったのだ、
藤原の天下になってしまった日本に戻るのだ、という
望郷の思いと変わってしまった日本への恐れや悲しみの両方が含まれているのです。
(※結局このあと遭難して戻れていない。)

ふりさけみれば、というどこかはっとするような切迫した思い。
月かも、という、古語での「疑問形」のラスト。
これを単純な、ふるさとに帰りたくて描いた心象風景だと言い切るのは、
1000年に一度の天才が詠む歌としてどこか物足りない気がします。

さて。実際の政治は、さらに紆余曲折を経ます。
藤原仲麻呂は増長しすぎたのか失脚し、乱を起こしますが失敗。
しかしその後も藤原の勢力は着々と浸透し続け、
権力が頂点に達した1018年。藤原の道長が次の句を詠むのでした。

この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば
(満月にかけた所がねえっつーレベルで、この世は俺のもんだよね)

阿倍仲麻呂の歌に比べれば、解説する気にもならねえっていうか解説する所が全くない、
馬鹿ヤンキー丸出しの下手糞の句です。
同じ月を詠んだ歌が、こうもレベルの差がでては話になりません。
阿倍仲麻呂の句は、私の解説を全部無視してふるさとを思う歌だとしても、涙を誘う超A級。

腹いっぱい 米粒もはいらぬ 我がお腹

レベルの歌を得意げに詠んだ藤原道長の馬鹿っぷり…。
天下は取ったかもしれませんが、まさに「1000年晒し上げの刑」。
文学好きから後ろ指を指され続けることでしょう…。
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